米軍戦略爆撃の現状

 この日のB29による空襲は散々な結果となった。

 出撃機数一一一機、故障により引き返した機体一七、撃墜九、海面への不時着一八機、修復不可能な損傷一一機、修理可能な損傷機二四機。ソ連への不時着三機。

 被弾を含む損失は五〇パーセントを超え、完全な喪失も三〇パーセント以上。

 継続的な戦略爆撃を行う許容率損害が五パーセント以内とされるから、この損害はあまりにも高く付いた。

 もし、三〇パーセントの損害が続く場合、一ヶ月に五回の出撃があるとして出撃の度に帰還する機体は七〇パーセント、0.70^5=0.168。

 補充無しだと五回目の出撃で二割の機体も残らない。いや機体が減る分、防御火力も弱くなり被害は大きくなる。

 補充はあるだろうが、それでも一回の出撃で二割超えの損害、特に大型の四発機であり高価なB29の喪失は圧倒的な工業力を誇る合衆国でも許容できるものでは無い。

 しかも後の偵察により工場への命中は数発のみで、大半が逸れてしまっていたことが判明。

 目標への爆撃は明らかに失敗だった。

 援護で硫黄島へ爆撃を行ったB24の被害も大きく、全体の損失はハンセル准将の顔色を更に悪くした。


 私はB-29がいくらか墜落することは仕方ないと思っている。しかし空襲のたびに3機か4機失われている。この調子で損失が続けば、その数は極めて大きなものとなるだろう。B-29を戦闘機や中型爆撃機やB-17フライング・フォートレスと同じようにあつかってはならない。B-29は軍艦と同じように考えるべきである。原因を完全に分析もせずに軍艦をいっぺんに3隻、4隻と損失するわけにはいかない。


 度重なる損害を受けてアメリカ陸軍航空軍司令官アーノルドが第二一爆撃集団司令官ハンセル准将にあてた手紙が物事を雄弁に語っている。

 因みにこれは今回の空襲前に書かれたものであり、手紙の発送後に今回の損害を聞いたアーノルド司令官は怒り狂ったと伝えられる。

 B17が一八万ドルの調達価格に対してB29は六三万ドルと大変に高価なのだ。

 それでも戦後の陸軍航空隊のため、将来、空軍へ独立するためにここで成果を上げたいお。特に戦略爆撃で成果を上げ、陸軍航空隊、ひいては空軍が戦後、陸軍海軍に並ぶ地位を得るためにも日本本土爆撃は成功させなければならない。

 だが、損害が多ければ非難され、最悪、爆撃中止が命令されかねない。

 他にも、問題はある。

 戦略爆撃は膨大な物資を必要とする。

 今回の爆撃だけで一〇〇機のB29だけでも七〇〇トン以上の物資を消費した。

 他に援護の為に硫黄島を攻撃したB24の消費した分、制空戦闘機を派遣した分もある。

 マリアナ基地周辺を警戒する戦闘機の燃料、爆破された箇所の修繕、迎撃に使った対空砲の 弾薬。

 今日一日で二〇〇〇トン以上の物資は使った。

 貨物船一隻分の燃料だが、実戦任務以外にも訓練で爆撃機は大量の燃料を使う。

 そして飛ぶ為には大勢の整備員が必要だし飛行を管制する管制官、機体の位置を見るレーダー員、敵機を迎撃する防空要員、未だ隠れている日本軍のゲリラを警戒する警備兵、彼らを支える給食、施設管理などの人員と彼らが活動するのに必要な物資と資材。

 広大な基地だけに一日だけで千トン以上の各種物資を必要とする。

 これらを、運ぶのは大規模輸送船団だが、米本土までは遠い上に日本海軍は新型の潜水艦を投入、広大な航路の各所で交通線破壊を始めた。

 護衛しようにも大量の護衛艦艇は何処も、特に英国の生命線である大西洋で必要としており、十分な護衛を付けられず被害は拡大していた。

 しかも硫黄島からの攻撃、航空機と飛行爆弾の攻撃で被害は拡大していた。

 特に飛行爆弾は、無人のため人的被害無く、しかも材料はブリキやトタンで作り上げられるため非常に安価で数が揃えられる。破壊力は小さく命中精度も低いがが命中すると無視出来ない被害が出てくる。

 マリアナ基地の損害は増える一方で復旧の為に物資と時間を取られ戦略爆撃のための資源を浪費させられ、戦略爆撃実行が難しくなっていった。

 だが、戦略爆撃を成功させなければ陸軍航空隊、その先の空軍に未来はない。

 乏しい物資の中で大きな戦果を上げて反対論者を黙らせる必要が、誰も否定できない大きな戦果が必要だった。

 そのためには日本本土爆撃を成功させなければならない。

 故に合衆国陸軍航空隊司令官アーノルドはマリアナへの補給を強化するよう要請すると共にB29の被害を小さくするべく、ハンセル准将から司令官を交代させることを考える。同時に日本軍の迎撃、反撃拠点であり、B29の護衛戦闘機を飛ばせる拠点となり得る硫黄島攻略を上層部に強く進言する。

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