追跡機

「敵機が離れていきます」


 尾部の射手が報告した。

 今のは硫黄島を拠点にする迎撃戦闘機部隊だ。島から離れたので、これ以上追撃すると帰還する燃料が足りなくなる。

 編隊も迎撃を考え硫黄島から離れるコースを取っていた。

 だが、B29の燃費や戦闘――回避で燃料を消費したり被弾で燃料が洩れることを考えると、硫黄島から離れすぎたコースを取る事も出来ない。

 結果、迎撃範囲ギリギリを通り硫黄島に配備された日本軍の迎撃を短時間受ける。

 一応、サイパンに配備されたB24の編隊が出撃前に硫黄島の滑走路を破壊する手はずだ。

 だが硫黄島の日本軍は彼らへの迎撃と、迅速な修復能力によって、あっという間に機能を回復してしまう。

 それでも硫黄島を拠点とする日本軍機の迎撃可能距離限界近くをコースに選んで飛んだため攻撃を受ける回数を最小限に抑えることが出来た。

 だが損害は大きく五機が撃墜され、六機が引き返す。

 前の迎撃より上手くなっている。連中も腕を上げているのだ。

 欠落した機体を埋めるように編隊を組み直すと日本本土まで二時間程は平穏な時間が戻る。


「休んで良いぞ」


 リーチは乗員に休憩を許した。

 硫黄島と本土までの間に日本の迎撃部隊がいないからだ。

 小笠原諸島、伊豆諸島という島々があるがどれも小さく平地が少ないため、飛行場にならない。

 八丈島に飛行隊が居るようだが小規模らしく偵察機が接触する程度だ。

 だが、この接触してくる敵機が厄介だ。


「無線に日本軍の通信が入っています。我々の事を通報しているようです」


 下の方を見ると白い機体がいた。

 マートかダイナ――彩雲か百式司令部偵察機だろう。

 レーダーが設置されていない、硫黄島と八丈島の間をB29で追随することで日本軍に情報を送り続けているのだ。

 当然、連中は本土上空で待ち構えている。

 突如、編隊の一機がブローニングを下に居る日本の機体に向かって射撃した。


「止めさせろ! 弾の無駄だ!」


 叱ったリーチ大尉も本音を言えば撃墜したい。

 だが、遙か下方を進む敵機はブローニングの射程外だ。

 編隊から離れて攻撃しようにも燃料と弾薬そして爆弾を満載した機体は重たく、攻撃出来ない。

 それ以上に編隊から離れて行動するなど、敵機の餌食であり自殺行為だ。

 防御火力に優れているB29でも無敵ではない。

 互いに死角をなくし濃密な射撃を行ってはじめて敵機を寄せ付けない弾幕を張ることができるのだ。

 苛立たしい日本軍の無線を聞きながら飛行を続ける。

 速力ではB29が上だが、日本軍は各所に偵察機を配備しており、リレー式に追尾を続行している。

 これで俺たちの位置はバレバレだ。

 本土では手荒い歓迎を受けることになるだろう。


「日本本土が見えてきた」


 離陸から六時間後、海ばかりだったがようやく日本の陸地が見えてきた。

 これまでは接触する機数は少なかったが飛行場の多い本土は違う。


「敵機多数接近」


 本土近くに付くと左上空に多数の敵機を発見する。

 硫黄島の時とは比べようもないほど多くの機体で構成される迎撃隊が現れる。

 飛行場の適地とはいえ、硫黄島は小さい島なので配備出来る機体が少ないのだろうし、B24の妨害もあって迎撃に出てくる機体は少ない。

 だが、多くの飛行場を設置出来る日本本土は、航空基地があちこちある上、B24の妨害はなく、飛び立てる迎撃機の数が多い。

 しかも偵察機の接触報告を受けて誘導されるので、針路上空で待ち伏せしている。

 この日も彼らは的確に接触し相変わらずB29の編隊の左上空に待機している。


「硫黄島の時と同じように相変わらず左から来ますね」


 配属されたばかりの副操縦士が言う。


「日本上空には西からの強い風がながれているからな」


 偏西風という常に西から九〇ノットほどの速さで流れる風がある。

 そのため迎撃の際には風の力を利用して加速するために日本軍機は西から攻撃してくる。

 B29が西側から爆撃行程に入るのも偏西風を利用して目標上空を高速で通過した後、迅速に離脱するためだ。


「仕掛けてきましせんね」


 すでに日本機は接触していたが、左側前方、防御機銃の射程外を保ったまま併走するだけで攻撃してこない。


「このまま素通しさせてくれると良いんですが」

「……待っているんだ」


 暗い声でリーチは答えた。


「待っている?」

「ああ、俺たちの隙を」


 機長の緊張を見て副操縦士はどういうことかと思った。

 コンバットボックスは、いくつか弱点はあるが、有効な防御だ。

 この密集編隊は接近する迎撃機を火力で迎え撃つことが出来る。

 現に被害はロケット弾を除けば少ない。この編隊を崩さなければ、B29は落ちない。

 「何を言っているんです」と副操縦士が言おうとしたとき、フジヤマが見えてきた。

 上空からでもあの特徴的な円錐台の山の形、何より頂上の丸い火口跡がハッキリと見える。

 同時に機長の緊張が高まる。

 恐怖の時間が迫っていることを知らせる標識だからだ。

 証明するように通信士が報告する。


「編隊長より変針命令です。右九〇度旋回用意」

「了解」


 通信士からの報告にリーチは舌打ち混じりに、この後の惨劇を確信して答える。

 爆撃コースに入るための針路変更が目標近くで行われる。

 二五〇〇キロの飛行だと誤差が出るため目標に付く前に修正する必要がある。そのための変針だが、大きく旋回する必要がある。

 富士山上空を飛行するこの編隊の場合は、東京の八王子以東にある工場を爆撃するには右に旋回する必要がある。

 指揮官機の命令に従い、編隊は爆撃目標へ向けて右旋回を始めた。

 編隊左側に位置する機体同士の間隔が大きく開く。防御に隙が出来た。

 そこへ、左側に待機していた日本機の編隊は攻撃を掛けてきた。

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