硫黄島沖迎撃戦

「全員落下傘と防弾チョッキ、酸素マスクを着用、戦闘配置。見張りを厳重にしろ」


 硫黄島に接近する頃、シャツ一枚で過ごしていたクルーにリーチは命じる。

 この後六時間もこの状態で過ごすことになる文句が出るような命令だが、命には替えられない。

 幾ら与圧されていても、被弾して穴が空けば一気に気圧と気温は下がり、命の危険がある。被弾時の破片が飛んできて自分の身体を切断することに比べれば防弾チョッキを着ることなど苦ではない。

 警戒を続けていると左上空に機体が見えた。


「敵機です!」


 見張りが大声で叫ぶ。

 一万メートルを飛べる日本機は無いと言っていたが、現実にはある。

 早期警戒のための電子偵察機が発進を確認するとすぐに硫黄島は迎撃準備に入る。

 一万メートルへ上昇するのに一時間かかる日本の迎撃機だが、早期警戒警報とレーダーによる誘導を受ければ、B29を待ち伏せてくる。

 迎撃機は少数だが、三式戦を中心に迎撃に出て来る。

 他にも恐るべき双発機も見える。


「迎撃だ!」


 リーチの命令で各員が迎撃準備を始める。

 床屋の椅子――アナログコンピュータを搭載した火器管制装置に乗った集中火器管制射手が敵機の方向へ向かい、機銃を操作する照準器に浮かぶ弾着点とオレンジ色の円が浮かび敵機の翼幅を入力。射程に入った後引き金を引くだけで見越し射撃をしてくれる優れものだ。

 互いに時速四〇〇キロ以上、正面から突撃してくれば速度差が大きいため、敵機の未来位置を予測して打たなければ弾は当たらないし、敵機の攻撃を妨害することも出来ない。

 今までは熟練射手の経験と勘で行っていたがアナログコンピュータ搭載の火器管制システムはその手間を省いた。

 だが、それで戦争に勝てるほど甘くはなかった。

 正面から突撃してきた双発の敵機が射程外から何かを発射した。

 煙を残して接近してきたそれは先頭のB29に覆い被さるように展開し爆発した。

 日本軍のロケット弾攻撃だ。

 連中は両翼に合計三八発のロケット弾を搭載し一斉に放ってくる。

 日本のロケット弾の射程は五〇〇〇メートル以上。

 有効射程二〇〇〇メートルのブローニングの射程範囲外だ。

 一番機は問題無かったが二番機が被弾して火だるまになる。

 爆弾に引火したためか、すぐに大爆発を起こした。

 盛大に吹き飛び機体は巨大な煙を残し破片となって落ちていった。


「くそっ」


 クルーの誰かが叫ぶが、仕方ない。

 その時後方の五番機が爆発した二番機の爆煙から現れた。

 増速し、撃墜された二番機の位置へ向かう。

 配属されたばかりの新人の筈だが、素早い動きに感嘆した。だがそれは一瞬の事だった。


「馬鹿野郎! 逃げるな!」


 リーチが叫ぶ。

 先頭の機体が爆発したのを見て、恐怖でスロットルを全開にしたようだ。

 あっという間に二番機の定位置を過ぎて更に前に行ってしまう。


「五番機にすぐ、二番機の位置へ早く戻るように言え!」


 後ろにいる通信員にリーチは命じるが遅かった。

 定位置から離れたために、単独で突出することとなり敵機が群がってくる。

 上空からの攻撃によって機体中央部に被弾した五番機は徐々に高度を落として行く。

 フルスロットルで過熱気味だったエンジンに火が付いて燃料タンクに引火する。まだ燃料を搭載していた五番機は火だるまとなる。

 高熱が機体構造物を溶かし強度の限界点を迎えバラバラになって落ちていった。


「一番機より二番機の位置へ行けとの命令です」

「了解!」


 編隊長からの命令にリーチはスロットルと操縦桿を操作して向かう。

 崩れた編隊を立て直すには欠けたところを生き残りが補うしかない。

 だが戦闘中の編隊組み直しは容易ではない。ここぞとばかりに敵機がやって来る。

 しかし編隊を組み直さないと防御に穴が出来る。迎撃しつつ移動するしか生き残る道は無い。


「上空から敵機。当てる必要は無い! 手前に弾幕を張れ!」

「了解!」


 リーチの指示を受けた集中火器管制射手が上空から襲ってくる敵機に機銃を向ける。

 四門のブローニングの弾幕に敵機は咄嗟に針路をズラして避け、ビッグバードの左を降下して離脱した。


「あいつはもう良い」


 上空から突撃してくるのは落下速度が加わり撃墜されにくい。だが、その落下エネルギーを受け止めてくれる大気は一万メートルでは非常に薄く、一度降下したら落下を止めるのが困難だ。

 そして、日本機は排気タービンの性能が悪いため追いつくのに時間が掛かる。

 降下したら事実上、戦力外だ。

 だが、同高度で旋回戦を挑んでくる敵機は厄介だ。

 なにしろ、同高度のため落下しない。追いつくのに苦労するが何回か攻撃できる。

 そのために、密集して数機による弾幕射撃を行う。

 ロケット弾攻撃は厄介だが一回しか打てないし搭載している機体も少ないため、一撃を躱せば良い。

 他は機銃だけだ。

 だが二〇ミリは防御力の高いB29でもきつい。正面から突っ込まれるとガラス張りの操縦席に入って来て被害が大きい。

 行きと帰りの分の燃料を積んでいるため重いし、燃えやすい。

 幾ら防弾装備が堅いB29でも可燃物の塊状態では落とされやすい。それ以上に燃料が洩れたら任務の続行など不可能だ。

 敵の弾が当たらないように、接近させないよう迎撃するしかない。

 だがそうした迎撃も、二、三回で終わる。

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