進撃開始

 夜明けと共に出撃するB29は滑走路へ向かって走って行き、三〇秒間隔で離陸し次々と空へ飛んで行く。

 ビッグバードも誘導路から滑走路へ入り、管制塔の指示で離陸して行く。

 スロットルを全開にしてスピードを上げ、地上から離れる。

 流石に戦闘重量四六トンの機体は加速が遅いが、スロットルを緩めたくなる。

 離陸出力、正確にはシリンダーヘッドの温度が二六〇度である許容時間は五分だけ。

 それ以上だとエンジンが火災を起こす恐れがある。

 燃料弾薬を満載した状態で火災が起きるなど、考えたくもないし、そんな事が起きて欲しくない。

 離陸には一分も掛からないので直ぐに戻せる。だが、編隊を組むまでの時間を成なべく短くする必要があり目一杯エンジン出力の許容時間を使う。

 ようやく編隊に合流し、ビッグバードは定位置に付き、スロットルを緩める事が出来た。

 だがすぐには発進しない。

 基地の上空を何度も旋回し合計一一一機の爆撃機が編隊を組むまで暫し待つ。

 この時第二一爆撃集団ではヨーロッパとこれまでの本土攻撃の戦訓に鑑み、コンバットボックスを採用していた。


             一番機

     二番機               三番機


             四番機

     五番機               六番機


 上空から編隊を見るとこのような配置となる。さらに後方から見ると


      三番機

             一番機

二番機


                       六番機

四番機

     五番機


 と若干の高度差を設けている。これにより、左上空へ僚機に遮られることなく防空火力を向けることが出来る。出撃機は次々と編隊を組んでいく。何機かは別任務の為に単独飛行だが、大半の機体はコンバットボックスを編成して進撃する。

 ビッグバードは四番機の位置に付いた。

 事故や故障で数機が飛び立てなかった仲間が何機かいた。だが、その幸運にまたもビッグバードはありつけなかった。

 稼働率五〇パーセントのエンジンを四機も積んでいるのだ。全てのエンジンがまともに作動して飛行できる確率は一六分の一なのに、ビッグバードの全エンジンに異常は無い。

 航空機関士の腕と故障したら六時間以内に交換してしまう整備員と搭載エンジンと同数の予備エンジンを用意している爆撃集団の賜物だった。

 進撃を開始したところで機長であるリーチはひと息吐く。


「休んで良いぞ」


 リーチ大尉が言うとクルーはそれぞれ落下傘を外しめいめい休憩する。

 機内は与圧されておりシャツ一枚でも過ごせる。しかし、離陸時に燃料弾薬を満載した機体が事故を起こす可能性が有るため気休めに落下傘を付けておかせた。

 可燃物を満載した状態で事故れば、一瞬で火だるまであり脱出する余裕も助かる見込みも少ない。

 だが、しないよりはマシだ。万が一の可能性を捨てる必要は無い。それが不要になったのでクルーに休みを与える。

 この後、恐らく一二時間にも及ぶ飛行時間を緊張したまま過ごすのは良くない。

 軍事行動という危険極まりない状況に置かれる立場としては、疲労という大敵は極力小さくしておきたい。


「機長、ヤマアラシより連絡です。日本軍のレーダー波を探知しました。航空機による電波探知です。日本軍の通信も傍受しており、警戒するようにとのことです」


 機関士の後ろに座る通信士が報告した。高感度の無線機BC-348――高性能故戦後アマチュア無線家の間で愛用される傑作無線機を使い流れる味方の通信電波を全て手動で最適な周波数に調整し聞き取る彼の報告は正確だ。

 良い報告も悪い報告もだ。

 今回は悪い方だ。

 ヤマアラシ――電子戦用に改造された機体に搭乗するレイブン――電子戦士官が日本軍の電波を探知したらしい。

 恐らくダイナ――日本陸軍一〇〇式司令部偵察機、そのレーダー搭載型がマリアナに接近してきて我々を電波で捉えたのだろう。

 地獄の天使と呼ばれる程、天使の如く美しい機体であり、我々を地獄に落とす存在だ。我々B29の編隊を味方に通報し、迎撃の準備を進めているに違いない。

 そして自分たちの休息時間が短くなったことは明らかだ。


「ヤマアラシより連絡。日本軍の地上レーダーに探知されました。進路上に多数の通信あり。日本の迎撃機が出ています」

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