日米機動部隊の決断
航空攻撃はただでさえ損失が多い。
撃墜機もそうだが、被弾で着艦後破棄される機体もあるし、損傷が激しすぎ、修理が必要な機体も出てくる。
修理にしても数日かかることもある。
また稼働しすぎで大規模整備が必要な機体も出てくる。
稼働機が少なくなった状態では、戦闘に投入できる機数が減る。狙われる機体、攻撃を受ける期待が多くなり、損失が増える悪循環となる。
昨日のウルシー攻撃に続き、米空母一個群と交戦し日本機動部隊の稼働機は減少しつつあった。
「空母群を攻撃し続ければ、稼働機は減ります。その後の離脱に失敗しハルゼーに捕捉される可能性もあります。稼働機がおよそ半減した状態でハルゼーと戦う事になります。構いませんか?」
何処まで損害を許容できるか佐久田は尋ねた。
非人道的だ、とか特攻を命じた提督と同じと言われるエピソードだったが、軍人として、指揮下の兵力が作戦行動でどれだけ損失を受けるか、予想するのは当然のことだった。
損失以上の戦果を挙げられるのか、損失は許容範囲――参加兵力の一割前後が指揮官の責任を問われるレベルかどうか判断する。
無謀な作戦を行わないように複数の作戦案を立案し比較するためにも損害を予想するのは必要な能力だ。
そして作戦後の結果、陥る事態を予測するのも指揮官、参謀の仕事だ。
佐久田は参謀の仕事をしたに過ぎない。
ただ、淡々と冷静に行うので非人間的に見えてしまうのが――そしていつもうつろな表情をしていることもより印象を悪いものにしていた。
「ハルゼーとは交戦しない。だが、空母群は撃破、全ての空母を撃沈する。こんな機会は二度と無い。コクサ、作戦案を」
「既に出来ています」
報告を纏めながら書き上げた、鉛筆で殴り書きしただけの紙を渡した。
佐久田も同様の結論に達し、立案していたのだ。
「帰ってきた第一波と役務群へ攻撃を行った機体を再編成し、敵空母群にぶつけます。撃破後、直ちに離脱します」
「よろしい」
「あと、出来ればハルゼーの機動部隊と距離を保ちながら北上します」
「どういうことだ?」
「レイテへ戻る時間を少しでも遅らせようと考えまして」
山口の目に諧謔の光が宿った。
機動部隊最大の敵は機動部隊。
ハルゼーなら、自分の機動部隊を撃滅するためやってくる。
いや、接近しているのは撃滅するために迫っているからだ。
最大の攻撃力を誇る機動部隊をレイテから引き剥がし、第一遊撃部隊の突入を邪魔できないように出来る。
「実施せよ」
「宜候!」
戻ってきた攻撃隊を収容すると直ちに攻撃隊を再編成し、飛ばした。
流石に稼働機が少なくなった状態では三〇〇機を超す攻撃隊を迎撃出来ず、第一空母群は壊滅した。
更に、周辺の役務群への攻撃も続行した。
だが、ハルゼーの機動部隊からはつかず離れず距離を保ち、引きつけた。
「おのれジャップ!」
第一空母群が壊滅したことを伝えられ、ニュージャージーの艦橋に座るハルゼーは激怒した。
「必ず仕留めてやる! 全艦全速だ!」
「長官、レイテに日本艦隊が迫ってます」
ハルゼーを諫めようと参謀が口出しした。
「今からでも反転し、第七艦隊の救援に赴くべきでは?」
「いや、日本の機動部隊を仕留めるのが先だ。連中を仕留めれば、二度と下手な真似をする事は出来ない。今ここで仕留めるぞ!」
「ですが第七艦隊に危機が」
「敗残の日本艦隊などオルデンドルフ隊で十分だ! 俺の艦隊は日本の機動部隊を追いかける! キンケイドには自分で何とかしろといえ!」
ここで米軍の指揮系統上の問題が発生した。
ハルゼーの第三艦隊はニミッツの指揮下であり、上陸中のマッカーサーには指揮権がない。
第七艦隊はマッカーサーの指揮下にあり、第三艦隊への命令権は勿論なく救援要請しか出せない。
もし正式に救援命令を第三艦隊に伝えるには、マッカーサーを通じてニミッツに要請する必要がある。
そしてニミッツが拒絶すれば、ワシントンに申し立てなければならない。
だが、日本艦隊は僅か数時間でレイテへ突入する位置にいた。
ハルゼーの返電――流石に言葉通り発信できないので参謀達が文面を練り直したものだが、日本の機動部隊を追いかけていて、第七艦隊の救援は行わないという意味はよく伝わった。
「オルデンドルフ隊に命令。日本艦隊を迎撃せよ」
キンケイドは疲れ切った表情で命じた。
昨夜の夜戦で燃料弾薬を消耗しているし乗員は疲れているはずだ。
だが弾薬は十分あるし、燃料を補給する時間もある。
日本軍も先日からの空襲と戦闘で疲れているはず。
決して状況は不利ではないとキンケイドは判断していた。
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