第三八任務部隊第一空母群

「ジャップの艦隊が近くにいる」


 25日の真夜中、ホーネットの艦橋で第三八任務部隊第一空母群司令官マケイン中将は部下に言った。

 先代ホーネットは二年前の南太平洋海戦で勇戦敢闘の後、沈んでいる。

 その栄誉を讃え、先代の復仇を行うことを願って建造中だったエセックス級空母七番艦キアサージを改名し43年11月に就役した。

 翌年のニューギニア侵攻作戦の支援で初陣を飾り、マリアナ沖海戦に参加し、生き残った。

 今回は第一群の旗艦として参加している。

 新造艦のため乗員の練度に疑問があったが、旗艦とされたのは他の空母も就役したばかりで、大規模海戦に参加した中で練度が高いのがホーネットだったからだ。

 いくら工業力に優れる米軍でも、経験までは製造できなかった。

 だが、マニュアルと標準化により、撃沈された他のエセックス級からの転属者を集め、急場を凌いでいた。

 今回の作戦で正規空母を三隻集め最も攻撃力のある第一群の旗艦となっており、レイテ侵攻前の航空撃滅戦で多数の日本軍航空機を地上撃破していた。

 しかし、連日の攻撃により艦載機への補給物資、燃料弾薬を消費し、補給の為に後方へ下がるよう命令された。

 シブヤン海へ日本艦隊が突入してきたのはその後で、攻撃できないことを乗員は残念に思ったものだ。

 だが、すぐに予想外の事態に陥った。

 ウルシーが奇襲攻撃を受けた。

 後方、東方の補給部隊、役務群へ向かっていた第一群が、運良く、いや運悪く近かった。


「連中の空母がほぼ全て出てきている」


 ウルシーへ奇襲攻撃を行った攻撃隊の機数はおよそ五〇〇機。

 日本の空母は一隻あたり三六機の攻撃機を出せるから一三から一五隻の空母が襲い掛かった事になる。

 五倍の敵に対して劣勢な第一群では勝てない。

 それほど多くの空母がいるなど、想定外だ。

 情報部は先の海戦で日本の機動部隊は壊滅したと言っていたがミスをしたようだ。

 先の航空撃滅戦でも日本の機動部隊が出てこなかった事を、壊滅した証拠として上げていた。

 インド洋へ攻撃に出ていた日本機動部隊も英国の機動部隊の戦力が劣勢だった為で、問題なしと判定していた。

 帰ったら情報部の責任者をつるし上げようとマケインは決めていた。

 だが、良い間の状況を凌がなければならない。


「第三八任務部隊の他の空母群と合流しては?」


 参謀の一人が意見をした。

 確かに劣勢な中、攻撃をしかけるのは愚かだ。味方と合流して数的優勢を確保するべきだ。

「そうしたいが無理だ」

「何故です」

「我々は何をしようとしていた?」

「役務群から補給を……あ……」


 マケインに言われて参謀は気が付いた。

 空母群は単独では戦えない。戦えたとしても三日か四日の航空出撃で搭載する燃料弾薬を使い果たす。

 だが、後方に待機する役務群と合流し補給を受ければ、再び三日か四日戦える。

 その役務群のいる海域に第一空母群と日本機動部隊がいる。


「役務群は我々だけではない。第三艦隊、第七艦隊への補給も担っている。日本機動部隊に撃破されたら退却さえ困難だ」


 丸々と太った羊のいる柵の中に狼が入ってきたような状況だ。

 日本機動部隊はウルシーを徹底的に攻撃したが幸い役務群への攻撃はウルシー在泊だった部隊を除き今のところない。

 だが、今離脱中の日本機動部隊でも周囲にいる役務群を帰りがけの駄賃として沈めにかかることは想定できる。


「何としても役務群を守り切る必要がある」


 マケインの言葉に反論する参謀はいなかった。

 ここで日本機動部隊が攻撃に出れば第三艦隊と第七艦隊への補給が寸断され、今後の作戦が酷い物になるだろう。


「司令官、作戦は?」


 劣勢でも戦う事を決め、マケインの作戦尋ねた。


「奇襲しかない。夜明けと共に全力攻撃だ。夜明け前に偵察機を全て出せ」

「全てですか?」

「ああ、日本の空母を見つけ出して真っ先に攻撃を仕掛け、トドメを刺す。各艦の偵察爆撃中隊は夜明け前に全力発艦。日本空母を見つけたら攻撃しろ。残りの航空隊は、全機武装して甲板で待機だ。発見報告があり次第、全力出撃。日本艦隊を先制して撃滅する」


 かなり賭けに近い決断だったが、致し方なかった。


「司令官、役務部隊への上空援護は? 日本機動部隊の攻撃に耐えられないのでは?」


 役務部隊には護衛空母がいるが、対潜哨戒と空母群への艦載機補充が任務で、各部隊に一隻ずつしかいないし合計しても一一隻だけ。

 艦載機は一隻当たり最大限に見積もって三〇機程度で、合計してもマケインの空母部隊と同じ程度にしかならない。

 緊急事態につき、合流を命じているが定速のため集まることが出来るか疑問だ。

 それに掻き集めても日本機動部隊に対抗できるとは思えない。

 発見されれば彼らは撃滅されるだけだ。


「援護は行わない。彼らは自分達で身を守って貰う」

「しかし」

「我々から、戦闘機を送り出せるか?」


 マケインの質問に参謀は沈黙した。

 日本の機動部隊が反撃してくれば、ウルシー空襲の損害があったとしても恐らく五〇〇機近い数になる。

 マケインの空母部隊は総計四〇〇機ほど。

 戦闘機は半分だけなので、全力迎撃しても突破される。

 しかも攻撃機を出すし、護衛戦闘機と制空隊も必要だ。

 とても護衛空母に戦闘機は出せない。


「日本機動部隊を叩くことで役務群を守る。日本空母の甲板を破壊して攻撃隊を出せないようにしろ。いいな」

「……サー・イエス・サー」


 マケインの作戦に参謀達は消極的に賛同した。

 他に作戦などないのだから。

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