ジョンストンと雪風
「なんてことだ……」
沈みつつあるジョンストンの後部臨時指揮所で守るハズだった護衛空母が、敵機の突入によって炎上している様をエヴァンスは見ていた。
「正気じゃない」
エヴァンスは何度も戦闘に参加しており、敵機の襲撃を受けたこともある。
被弾し、最早飛べないと悟った敵機が、味方の空母を道連れにしようと突っ込んで行く姿も、空母を守り切れなかった悔しさと共に、勇敢で潔い行動に憧憬を抱いた事もある。
だから、先ほどやって来た敵機が、はじめから空母に向かって突っ込んだ、被弾したからではなく、はじめから体当たりを目的にしていたことを即座に認識出来た。
勿論、理性は馬鹿げた事だと警鐘をならしたが、幾多の激戦をくぐり抜けたエヴァンスの経験と勘が、事実であることを声高にいった。
そのため、はじめは驚きで声を失ったが、徐々にエヴァンスは怒りが湧いてきた。
「狂っていやがる……」
エヴァンスは自分が異常なほど戦意に溢れていることは知っている。だが、それが軍人だと思っており、他の生き方など出来ない。
部下を死地に送ると宣言したのも、死力を尽くして戦う事を、その過程で死ぬことを自分も部下も受け入れたからだ。
そして、打ち倒す敵が同じ志を持っているならば、友人のように敬意を抱くこともある。
打ち倒すに足る相手だった、自分が戦うに相応しい相手であり、戦って殺しても、戦えたことを誇りにしても自慢するような事はない。
もしそんな相手に自分が殺されても、むしろ本望といえる。
だが、あれは違う。
確かに、体当たりをしろと言われて怯むようなエヴァンスではない。
だが、何度も戦おうとするのが、軍人ではないのか。
自分を否定されたようで無性に腹が立った。
自分の戦いを否定されるようで、怒りがわいた。
同時に、そこまで追い詰められ、あんな手段をとってまで抵抗する日本軍に敬意と悲しさも感じた。
「敵艦接近!」
日本軍の駆逐艦が接近してきた。
ジョンストンにトドメを刺そうと来たのだろう。
だが主砲は向いてこない。
浸水が激しく傾いたジョンストンにこれ以上の、攻撃は必要ないのだろう。
しかし、皆殺しにするつもりのようだ。
機銃が自分達へ向かって旋回し発砲してきた。
これでお終いか、とエヴァンスは思った。
だが連射はなかった。
駆逐艦の艦橋から機銃座に一人が飛び出すと機銃手を殴り飛ばした。
そしてジョンストンを見ると敬礼した。
自分達に敬意を示している。
日本駆逐艦の意図を理解したエヴァンスは、立ち上がろうとした。
敬意には敬意で返さなければ、海軍士官いやシーマンシップを穢してしまう。
そう思うと横たわるだけだったエヴァンスの身体に力が沸いてきて立ち上がり、敬礼した。
「艦長、帽子を!」
気の利くハーゲイ大尉が自分の帽子をエヴァンスに被せた。エヴァンスの帽子は戦闘の最中吹き飛ばされ行方不明だった。
ハーゲイの帽子も戦闘であちこち破れ煤けていた。
だが、激戦を戦いきったエヴァンスを体現しているようで、エヴァンスをより立派に見せた。
「そうだよな……俺たちは海軍軍人だよな……」
涙を浮かべたとき、日本軍の駆逐艦から何かが放り投げられた。
手投げ弾だと怯えたが、トマトの缶詰だった。開戦直前アーカンソー州で作られたトマトの缶詰だった。
漂流する彼らへの海の男としての吟爾を果たした。
「最後に良い物を見れた」
エヴァンスは笑みを浮かべると敬礼を解き、甲板に座り込んだ。
ハーゲイが離艦を勧めたが笑みを浮かべるのみで返事はなかった。
その笑みは崩れることなく、最後までそのままだった。
ハーゲイはボートに移そうとしたが、拒むようにジョンストンが急速に沈み始め、ハーゲイはエヴァンスを残したままボートで離脱した。
ジョンストン初代艦長にして最後、唯一の艦長であるエヴァンスは六〇〇〇メートル以上の深海へジョンストンと共に赴いた。
エヴァンスは言葉通り、ジョンストンを戦う船にして死地へ行き、戦い抜いた。
「よろしいのですか? 艦長」
砲術長が寺内艦長に尋ねた。
「砲術、俺たちは軍人だ。海の男だ。気持ちよいことをした事に水を差すな」
寺内は無粋とばかりにたしなめる。
これまで寺内は車引――駆逐艦乗りとして乗ってきた。
戦争の中、死ぬかもしれないが戦い抜いてきたが決して死のうとは思ったことはない。
必ず生き延びようと決めていた。
ソロモンで死んでも任務を果たせと命じられたときも、拒んで生きて帰ってきた。
それが雪風であり、海軍軍人として正しいあり方だと寺内は信じていた。
だが、あれは、体当たりは違う。
始めから敵艦へ突っ込むなど軍人がすべきことではない。
部下に死を強要するなど絶対に許されない。
開戦以来戦い続けてきた寺内の雪風の戦いを否定するようだ。
同時に戦局がここまで悪化してしまった事への無力感を感じていた。
だから何か、海軍軍人として正しい事を、海の男でありたいと戦闘不能になり遭難しているかつての敵に救いの手を差し伸べたのだ。
やって良かったと思う、怒りのあまり、漂流者に銃撃を加えようとした機銃手を殴り飛ばしたしまったくらい、寺内は怒っていた。
漂流する彼らに健闘を讃え敬礼をして、食糧を渡した事で少しは気が晴れた。
偽善かもしれないが、寺内にとって必要な事だった。
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