サミュエル・B・ロバーツと大和

「あのとき私は、衝撃を受けました」


 戦後、退役したコープランドはサマール沖海戦の事を淡々と述べた

 ボートで海上を漂流していたたコープランド艦長は守るべき存在だった護衛空母が日本機の体当たり攻撃を受け炎上する様を見て、驚きと恐怖で唖然とした。

 義務を果たすことを自らに課していたコープランドだったが、爆弾を抱えたまま敵艦に最初から突入するなど、理解の外だった。

 いかに義務を果たそうと常々考えているコープランドであったとしても、自らの死と引き換えに敵を討ち果たすなど、あまりにやり過ぎだ。

 求める義務の範囲を超えている。

 いかなる存在であれど、自滅前提の体当たりを兵士に強要するなど出来ない。

 自分ならば拒絶していただろうし、行くことはない。

 なのに彼らは、躊躇いなく突っ込んだ。

 理解不能だった。

 自分達の方が臆病なのか、と錯覚し困惑してしまう程だった。


「そして、あの戦艦、モンスター、あとで知りましたが大和がやって来たのに気がつきました」


 空母を追って追撃していた第一部隊の艦艇、大和がコープランド艦長達の近くまでやって来たのだ。

 自ら体当たりをするような日本軍が自分たちを、ただでは済ますまい、殺される事も覚悟した。


「その時です。ブリッジから艦長らしき白い制服を着た人物が現れました。彼は私たちを見つけると敬礼しました。そして、その大和の乗員、全員が私たちに向かって敬礼しました」


 落ち着いた声で話していたコープランドだったが、この部分だけは声に熱を帯び目に光るモノが浮かんでいた。


「たったそれだけですが、彼らも同じ軍人だと、義務を果たそうとする者達だと理解しました。勿論、体当たりした飛行機のパイロット達のことを今でも理解出来ません。ですが、少なくとも戦った相手は、私たちと同じだと義務を果たすためにそれまで訓練し、戦い抜いたのだと理解出来ました。その気持ちに応えるべく私たちも敬礼で返しました」


 コープランド艦長の言葉は嘘ではなかったが、全てが事実ではなく嘘は吐いてないが言っていないことと、嘘が混ざっていた。

 まず、彼らが敬礼した直後、六万トンの大和の巨体が生み出す巨大な航行波によって、彼らが波を被りずぶ濡れになったことは、意識的に言わなかった。

 そして、コープランド艦長が大和艦長と思っていた人物は、有賀艦長ではなく南雲長官だった。




「長官、長官自らが出て行かれなくても」


 傍らにいた有賀艦長が南雲を諫めた。


「彼らが羨ましい」


 敬礼を終えた南雲はぽつりと呟いた。

 有賀は分からなかった。

 圧倒的な戦力を前にして戦わざるを得ない状況など考えたくない。


「ただ目の前の敵に向かって果敢に立ち向かうだけで良い。それだけで賞賛に値する。そのような彼らが羨ましいよ。圧倒的戦力を持ちながら活用する術を知らん者が勝って当たり前と言われる状況より遙かにマシだ」


 かつて席次の問題から門外漢である機動部隊の指揮を命じられて困惑しながら指揮を執っていたことを有賀は、指揮下の駆逐隊司令として見ていた。

 真珠湾、インド洋と駆け回ったが、門外漢である南雲には荷が重かった。

 勝利しても当たり前、勝利の中でもミスがあると追及されるそんな立場だった。

 そしてあのミッドウェー。

 一瞬にして空母二隻を失い旗艦赤城も大破し、有賀が座乗していた嵐に一時収容された。

 その時の憔悴した姿を見ていた南雲は見ていられなかった。

 それでもなおミッドウェーの敗北を隠すため機動部隊の指揮を執らされ、十月まで司令長官として在任した。

 佐久田のおかげで、第二次ソロモン海戦、南太平洋海戦と勝利したが、ミッドウェーの敗戦と機動部隊司令長官という職は南雲にとって苦痛だった。

 特に圧倒的な戦力、日本の勝利の為に必要な虎の子の空母を失った事に対する批判は酷かった。

 劣勢な米軍に対して奇襲を許し圧倒的な戦力をむざむざと失った、と誰もが非難した。


「なら、誰か俺に代わって長官をやってくれ」


 南雲はそう言うだけで精一杯だった。

 だが、誰も手を上げる事は無く、黙って南雲から離れていくだけだった。

 圧倒的な敵に対して自らの能力を全て使い、恐れることなく戦う。

 そんな戦いが出来た米軍指揮官が南雲は羨ましかった。


「敵空母が全て撃破されたと認める。第一遊撃部隊全艦は戦闘終了、反転。レイテへ向けて進軍を再開せよ。航行序列は第一部隊、続いて第二部隊。隊列は進軍しつつ再構成せよ」

「はっ」


 神風特別攻撃隊により空母が撃破され、交戦する必要がなくなった南雲指揮下の第一遊撃部隊はレイテへの進撃を再開した。


「損害は?」

「駆逐艦二隻が沈没。重巡と軽巡に被雷がありますが、戦闘航海に支障なし。進撃を続けるそうです。ただ、金剛が」

「どうした?」

「敵駆逐艦の砲撃を受け、艦橋に被弾。栗田提督が戦死なされました」

「栗田が……」


 第三戦隊司令官としてソロモンへ幾度も出撃した。

 特に敵が奪ったルンガ飛行場へ狭い海峡へ突入し金剛型四隻で砲撃し、殲滅するというソロモンの転換点を作ったことは特筆すべき事だ。

 そんな優秀な提督を失ったとことが南雲には惜しかった。

 いや、羨ましいか。大きな失点もなく賞賛に包まれながら戦死できた事が。


「次席指揮官は鈴木中将だったな。指揮を継承させ、進軍を再開するよう命じよ」

「はっ」


 多少の混乱はあったものの、第一遊撃部隊はレイテへ向けて進撃を再開した。

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