神風特別攻撃隊 戦果挙がらず

 こうして神風特別攻撃隊四隊二四機は、大西と水盃を交わすと出撃していった。

 だが、彼らは敵艦隊と遭遇出来なかった。

 保有機数が激減していた第二航空艦隊は索敵もままならず、敵艦隊を見つけられなかった。

 通常でさえ、例え大艦隊といえど広大な洋上で見つけ出すことは難しい。

 彼らは、敵艦隊と遭遇出来ず飛行場に帰還した。

 そして、機体から降りた彼らを迎えたのは沈黙だった。

 普段なら駆け寄ってくる整備員達も近寄らず、顔さえ背けている。


「けっ! 足が付いてちゃいけねえのかよっ!」


 神風隊員の一人が彼らの態度に苛立ち悪態を吐いた。


「止せ! 彼らも我々をどう迎えて良いのか分からないのだ」


 関大尉は、大声で止める。

 通常、作戦の成否にかかわらず帰還出来たのは喜ばしい事だ。

 だが、神風特別攻撃隊の場合、もとより生還は期していない。帰還は敵との遭遇失敗、作戦失敗ということだ。

 そして、成功すれば、彼らは戻ってくることはない。

 喜んで良いのか、悲しんで良いのか、整備員達は分からず、どのような顔をして隊員に会えば良いのか分からなかった。


「……済みません」


 それは隊員も同じだった。

 生きて戻ったことが失敗したように思えた。あるいは命を惜しんで、敵艦を見つけなかったのかと言われているように思えて、心苦しかった。

 その時、上空から航空機の轟音が響き渡ってきた。




 この時、小沢率いる第一航空艦隊が各地からフィリピンへ集結し決戦に挑もうとしていた。


「頼みます! どうか第一航空艦隊からも特攻隊を出してください!」


 到着した小沢長官に大西は特攻隊を出すよう直訴した。


「体当たりなど統率の外道、作戦などではない。部下に命じる事など出来ない」


 戦略家として海軍の中枢で生きてきた小沢にとって死を強要する体当たりなど容認出来なかった。


「ですが、稼働機は少なく、アメリカに対抗出来ません。この上は非常手段として体当たりを!」

「……我が第一航空艦隊は保有する全機一千機を以て総攻撃をかける。通常攻撃でだ」

「……分かりました」


 小沢のひと言で大西は引き下がった。

 だが、前述の通り24日の小沢率いる第一航空艦隊の攻撃は失敗した。

 各地に分散した第一航空艦隊の攻撃は波状攻撃となり、各個撃破されプリンストンを撃沈するに留まった。

 そして大西が編成した神風特別攻撃隊も、敵艦隊に遭遇出来ず、飛行場に戻ってきた。


「生きて帰ってきちまったな」

「敵と会えないのなら仕方ない」

「第一航空艦隊の攻撃も失敗したらしい」

「第一遊撃部隊は激しい空襲を受けて陸奥が撃沈したらしい。艦隊の被害も甚大だそうだ」

「畜生! 俺たちが不甲斐ないばかりに」


 搭乗員の一人が茶碗に酒を満たして一気に飲み干す。


「畜生! まるで生殺しだ! もう死なせてくれ!」


 その声は、士官室にも響いた。


「荒れていますね」

「ええ、連日空振りが続いて彼らも気が立っています」


 知り合いの報道班員に隊長の関大尉は静かに言った。


「関大尉は冷静ですね。独身ですか?」

「いや、結婚しています」


 四ヶ月前に結婚したばかりで、一月前台南航空隊へ転属を命じられ横浜で別れたきりの妻がいた。


「報道班員、日本もおしまいだよ。僕のような優秀なパイロットを殺すなんて。僕なら体当たりせずとも、敵空母の飛行甲板に50番――500キロ爆弾を命中させる自信がある。僕は天皇陛下のためとか、日本帝国のためとかで行くんじゃない。最愛のKA(海軍の隠語で妻)のために行くんだ。命令とあらば止むを得まい。日本が敗けたらKAがアメ公に強姦されるかもしれない。僕は彼女を護るために死ぬんだ。最愛の者のために死ぬ。どうだ。素晴らしいだろう」


 穏やかな、それでいて皮肉に満ちた笑みを関大尉は浮かべた。

 同時に自分に死を強要し、長年磨いた敵艦への爆弾投下の腕を発揮する機会を奪った海軍への怒りと無理矢理自分の使命を果たそうとする覚悟を決めた輝きが目に光っていた。


「関大尉……」


 報道班員は何も言えなかった。そして生涯、関の言葉を忘れる事は出来なかった。

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