神風特別攻撃隊編成

「はっ、はっ、はっ」


 関は最近再開した走り込みを行っていた。

 アメーバー赤痢にかかり、寝込んでいたがようやく回復し、病で弱った身体を鍛え直していた。

 元々、艦爆出身で急降下、七〇度から八〇度という垂直な角度で突入するため強烈な浮遊感の後、引き起こしの時、強いGがかかるため身体を鍛える必要があり、頑強だ。

 戦闘機に移ってからも、技量は元の戦闘機乗りに一歩及ばないのは仕方ないが体力面で遅れを取ったことはなかった。

 艦爆は鈍足で動きが鈍く撃墜されやすいため戦闘機に爆弾を積ませ突入させる方式に変わっているのは剛腹だが、命令では仕方ない。

 戦闘機に乗り換えても敵空母に爆弾を落としてやると関は誓っていた。

 病気で弱った体力を鍛え直せば飛べる。

 いや、走り込みの調子から今すぐにでも飛べる自信が関にはあった。


「関大尉! 玉井中佐がお呼びです」

「副長が?」


 水兵に呼び止められ、いよいよ出撃かと思い、関は司令部へ向かう。

 だが、呼び出されたのは、司令部の部屋ではなく副長室だった。

 司令部の大勢の前で伝えられるかと思っていた関には意外だった。

 よほど重要な事を命じようとしているのか、と思った。


「関大尉、参りました!」


 部屋に入ると関は玉井中佐に敬礼する。

 だが、答礼はなかった。

 突如、玉井中佐が土下座をした。


「えっ!」


 突然の事に関は動揺するが、土下座したまま玉井は関の目を見て懇願した。


「大西長官たっての要望だ! お国のために死んでくれっ!」

「わ、私に……何を」


 突然の事に関は敬礼で上げた右手を降ろしてしまい、尋ねる。

 玉井は歯を食いしばり、目を閉じ顔をうつむける。

 何か言おうとしていたが、聞き取れなかった。

 嗚咽だった。

 両手を強く握りしめ、床に数滴、涙を流すと本題を伝えた。


「第一遊撃部隊援護のため! 敵空母に……体当たりして貰いたいっ!」


 玉井の言葉に関は聞き間違いかと思った。

 だが、玉井中佐が土下座しているのは現実であり、事実である事を示し、関の顔を蒼白にした。




 関が体当たりを命じられた翌日、部隊の志願者を募るべく第二航空艦隊のパイロット全員が集められた。

 大西中将が前に立ち、全員に向かって声を上げる。


「レイテに敵部隊が上陸したが我が第二航空艦隊の保有機は僅かに一〇〇機! これでは敵を防ぐことは出来ない! そこで、敵空母への体当たり攻撃隊を編成する」


 搭乗員達に動揺が走った。無理もない。死ねと言っているようなものだからだ。

 これまでも死にそうな目に遭ってきたが、決して生還の望みがないわけではなかった。

 だが、今回は初めから死ねと言われている。


「誰か、志願する者はおらんか?」

「……私が!」

「自分が志願します!」

「私も!」

「私もです!」


 大西が尋ねると一瞬の間を置いて、搭乗員達は次々と志願した。

 死ぬと分かっていたが、他に手段がないという状況にまで追い詰められていることを最前線で戦い続けた彼らが一番実感していた。

 他に手段がないのならば、通常攻撃で効果が無いのなら、刺し違えてでも敵を倒す。

 自分が死んでも日本が、家族が守れるなら死んでも良い。

 彼らはそう思って志願した。

 結局、搭乗員全員が志願した。


「ありがとう! 諸君らの献身は決して忘れない!」


 大西は搭乗員一人一人に握手をし、顔を覚えるようにじっと見つめた。




 翌日、志願者の中から長男、妻子持ちなどを除いた搭乗員二四名を指名し、特攻隊が編成された。

 隊長に就任した関の研究と指導により、突入方法が指示され、軽く訓練をした後、出撃が決まる。

 出撃前に指揮所前に集められた彼らは第二航空艦隊司令部の訓示を受けた。


「諸君らの部隊を神風特別攻撃隊と命名する!」


 猪口中佐が彼らの部隊を命名、神風特別攻撃隊が生まれた瞬間だった。


「もはや戦局は悪化の一途をたどっており、神風を起こさなければ日本は勝てない! 諸君らが神風になるつもりで任務にあたって貰いたい」

「敷島の 大和心を 人問わば 朝日に匂ふ 山桜花」


 猪口の横にいた、大西が和歌を読み上げた。


「本居宣長の和歌だ。日本人として何が大和魂かと問われれば、朝日に照らされ色鮮やかな山桜だろう、という意味だ。この和歌にちなみ、各隊を敷島、大和、朝日、山桜と名付ける!」


 大西は震える手で原稿を広げ、訓示を始めた。


「この体当り攻撃隊を神風特別攻撃隊と命名し、四隊をそれぞれ敷島、大和、朝日、山桜と呼ぶ。今の戦況を救えるのは、大臣でも大将でも軍令部総長でもない。それは若い君たちのような純真で気力に満ちた人たちである。みんなは、もう命を捨てた神であるから、何の欲望もないであろう。ただ自分の体当りの戦果の戦果を知ることが出来ないのが心残りであるに違いない。自分は必ずその戦果を上聞に達する。国民に代わって頼む。しっかりやってくれ」


 大西はできる限り勇ましくまくし立てようとしたが、顔は蒼白となり両足は震えていた。

 それが戦況が逼迫していることを隊員達に余すことなく伝わってしまった。

 震える声で大西は隊員達に言った。


「諸君らの成功を祈る!」

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