ウルシー泊地の地獄

 その日、ウルシー環礁はいつも通り、昨日と同じような日となるハズだった。

 南北三二キロ、東西一六キロの巨大な環礁は大艦隊の泊地で最適で北部にある島々はいずれも平坦で建物を建設するのに適している。

 さらに戦略的に見ればウルシー環礁は日本の本州まで二四〇〇キロ、沖縄まで一九〇〇キロ、硫黄島と攻略中のレイテまで一四〇〇キロの距離に位置する戦略上の要衝である。

 日本海軍も艦隊泊地として最適としていたが周囲に陸地がなく大規模な基地化は出来ず根拠地になり得ない、と判断。

 マリアナ陥落と共に日本軍は、ウルシーにいた小規模な守備隊を他の重要拠点へ再配置するべく撤収させた。

 だがアメリカが必要としていたのは泊地、静かな海面だった。

 艦隊への補給には、タンカーや貨物船を停泊しておけばオイルタンクと倉庫の代わりになる。

 艦船修理は浮きドックを持ち込み工作艦を横付けすれば工廠になる。

 全てはアメリカの工業力、幾多の艦艇を作り出し、一つの海域に貼り付けられる生産力のなせる技だった。

 佐久田もウルシー環礁を拠点にされる危険性を唱え、守備隊配備が無理なら機雷敷設を行い、使用不能にするべきだと唱えたが、マリアナ陥落後の混乱で実行されなかった。

 ウルシーを占領された後、遅ればせながら、支援艦艇と輸送船団を使い米機動部隊の艦隊根拠地として使われていることを知った。

 日本海軍は易々とウルシーを放棄したことを悔やんだが、後の祭りだった。

 対空砲が配置され、飛行場が完成、哨戒部隊が周囲を警戒し、空母機動部隊が遊弋する中、ウルシー環礁を攻撃するには、マリアナで大打撃を受けた日本軍には荷が重かった。

 その後、ウルシーはアメリカ軍の後方基地として機能し、フィリピン周辺への攻撃に使われた。

 小さい島々にもシービーズ――海軍設営隊が入り、モグモグ島には艦隊乗員休養施設、ソーレン島には上陸用舟艇修理センターと病院が、ファラロップ島には飛行場と航空機の修理工場が建設されていた。

 もっとも、フィリピン攻略という大規模作戦が行われているが既に艦隊は出て行っており、泊地内は静かだった。

 上陸作戦も始まったばかりで、損傷した舟艇が戻ってくるのは、まだ少し先だ。

 そのためウルシー環礁に配置あるいは停泊している将兵達は閑散とした休養施設を独占し、のんびりと過ごしていた。

 この日も、いずれ戻ってくるであろう舟艇や乗員達を迎えるべく英気を養っていた。

 そこへ、日本機動部隊の艦載機五四〇機が襲撃をかけてきた。

 レーダーに見つからないよう、低空から侵入したロケット弾装備の零戦改がレーダー施設と対空陣地を破壊。

 空への対処法を無くした米軍に一八〇機の攻撃機が攻撃を仕掛けた。

 魚雷を装備した攻撃機はまず米軍の工作艦と浮きドックを雷撃し、海の藻屑にすると泊地に停泊していたタンカーと貨物船に襲撃を仕掛けた。

 生き残った対空砲と、たまたま錨泊していた艦船が応戦するが圧倒的な機数で襲いかかる日本軍攻撃隊の前に押し潰された。

 攻撃開始から三〇分後、攻撃を終えた日本軍は悠々と離脱していった。

 日本軍が去った後のウルシー環礁は地獄の様相を呈していた。

 陸地は全て破壊され、炎上。

 停泊中の船団は沈みあるいは炎上している。

 タンカーから漏れ出した重油が海面を覆い、大火災を発生させていた。

 ウルシーを後方だと思っていた米軍将兵は虚を突かれ、突如戦闘に巻き込まれ逃げまどい、突如終わった攻撃と惨事に放心して、廃墟を見守るしかなかった。


「何をしている! 復旧作業にはいらんか!」


 下士官の叱咤で、ようやく動き出した彼らは環礁の再建に入ったが、無駄に終わった。

 第一波の攻撃終了から三十分後、第二波攻撃隊五四〇機が来襲したのだ。

 第二次攻撃隊は陸地への攻撃に集中し、特に舟艇の修理設備と、航空機の修理工場が破壊された。

 それも破壊し終わると、周辺の劇場や給食施設、兵舎などに爆撃を加え壊滅させる。

 陸上施設を破壊し尽くしてなお爆弾が余ったため、環礁内に残った船に攻撃を加えた。

 しかし、米軍の悪夢はまだ終わらない。

 母艦に帰還した攻撃隊は、再度爆弾を積み込むとウルシーに向かって出撃、反復攻撃を仕掛けた。

 さすがに、はぐれた機体や着艦しても被弾して修理、あるいは破棄が必要な機体が排除されたり、発艦に間に合わない機体もあって攻撃隊の数は少なかったが、それでも三〇〇を越えた。

 空襲が終わり基地の消火や修理に飛び出ていた米軍部隊が襲撃され、復旧作業を邪魔した。

 その後も、佐久田の指示により艦載機部隊によって連続した攻撃が行われ、地上部隊も壊滅した。

 それでも佐久田は攻撃の手を緩めない。

 武装を爆弾から強く開発を進めるよう進言した航空敷設機雷に切り替え、泊地やその入り口に機雷を投下。

 ウルシー泊地での停泊を困難にした。

 結果、日没までに八波、延べ三〇〇〇機にも及ぶ航空機の襲撃を受けた。

 執拗にして徹底した攻撃によりウルシー泊地は大打撃を被り、機雷も敷設され泊地内の移動さえも制限された。

 事実上、後方支援基地としての能力をウルシー泊地は消失した。

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