ウルシー泊地奇襲攻撃
「攻撃隊発艦用意!」
第一遊撃部隊が攻撃を受ける数時間前、ウルシー泊地の北西五〇〇キロの海上では山口率いる第三艦隊所属の各空母が、山口の命令の下、発艦準備を進めていた。
前日まで米軍の哨戒圏ギリギリを航行し、日が暮れるとウルシー泊地へ向かって全速で航行。
夜明け前までに艦載機の攻撃圏内にウルシーを収めた。
そして夜中の内に全ての攻撃機の発艦準備を整え、夜明けと共に出撃出来るよう準備を進め、終えていた。
各空母の甲板には最大限の武装を施した攻撃隊が暖機運転を終え、命令を待っていた。
「発艦準備完了!」
「攻撃隊発艦始め!」
山口の命令と共に一番機が発艦する。
命令は他の空母にも伝わり、各空母からもウルシーへ向かって続々と攻撃機は飛び立っていく。
機動部隊司令部はその様子を重苦しい雰囲気の中、見守っていた。
佐久田の立てた作戦は、米軍が上陸を始めた瞬間、その策源地を、拠点となる泊地、ウルシー環礁の米軍部隊、後方支援部隊をたたきのめす、という作戦だった。
四二年一〇月、ガダルカナルへ再上陸した米軍に対しててインド洋から呼び戻された第三艦隊は、ガダルカナルへ向かわず、後方のエスピリシスサットへ進撃。奇襲攻撃を敢行した。
策源地が破壊された米軍は補給が出来ず上陸したガダルカナルから撤退。
そこを反転した第三艦隊に捕捉され一〇月二六日南太平洋海戦が勃発。
船団を護衛していた米軍空母を全て撃沈あるいは撃破した。
米軍の稼働空母は全て失われ、日本への反撃手段を失いしばらくの間、反撃が出来なくなった。
主導権を失った米軍は撤退を行うが、日本軍の追撃は激しく、第三次ソロモン海戦が勃発。
撤退援護中のサウスダコタとワシントンを失うこととなった。
丁度10月26日は米海軍記念日だったため、<最悪の海軍記念日>と米軍の中で呼ばれ二年経った今でも語り草になるほど、トラウマになった。
その作戦の再来を佐久田は狙った。
だが、この作戦はフィリピンを守る味方を囮にして敵を引きつけている間に攻撃するという作戦だ。
味方の犠牲の上に成り立つ作戦に司令部の一同は気が重かった。
立案者の佐久田だけが平静なように見えたが、内心では気が重かった。
作戦立案者としていくつもの作戦案を立てたが、最も犠牲者が少なく、確実な作戦はこれ以外になかった。
正面から米機動部隊と戦って勝てる見込みなど無い。
勝ったとしても、米軍はすぐに補充して再侵攻するし、艦載機部隊は全滅だ。
ならば、艦載機の損失が少なく、効果的な米軍の後方を全力で叩き潰す以外に方法はない。
それも米機動部隊の横やりが入らない時期、フィリピン上陸のため航空支援を行っている時以外にない。
敵の不意を突くというやり方に、反発が出るのも当然だった。
だが、佐久田の作戦以外に方法はなく、結局、作戦は認可された。
しかし、心情的なしこりは大きく残り、佐久田は浮いた存在になった。
それでも佐久田は軍人の務めとして甘んじて受け入れた。
あとは、作戦通り攻撃隊が戦果を上げることを期待するだけだ。
「まさか、また泊地への奇襲攻撃とは」
攻撃隊に参加している南山は呟いた。
真珠湾以来、あまたの敵艦に魚雷を撃ち込んできていたベテランだ。
施設攻撃の経験もあるが、開戦初期の快進撃の時期は無敵機動部隊と自認し、敵艦を求めたものだ。
だがミッドウェー以降は雰囲気が変わった。
劣勢となった日本は確実に勝たなければならない。
泊地への襲撃も佐久田が参謀になってから頻繁に行われるようになった。
特に米軍の後方基地襲撃は多い。エスピリシスサットや占領されてすぐに泊地化されたウォッゼ、そしてインド洋各地だ。
敵の防御が薄い所を狙って襲撃する。
損害は確かに少なかったが、艦隊決戦を目的に訓練してきたこれまでの方針と真逆であり、違和感を感じる。
しかし、勝っていることに間違いはなかった。
「それに、空母と戦わないわけでもない」
泊地襲撃の後は、巣を破壊されたスズメバチの如く、根拠地を破壊されて、一矢を報いようとする米機動部隊と戦う事も多い。
また空母を食える機会はあると南山は自分に言い聞かせた。
「間もなく、目標へ接近する。全機、敵電探を避けるため降下せよ」
攻撃隊指揮官からの命令で南山は高度を下げた。
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