陸奥爆沈

「なに!」


 見張の報告に有賀は驚愕した。

 左を見ると六機のアヴェンジャー攻撃機が至近距離まで迫ってきていた。


「取舵一杯!」


 有賀は命じたが排水量七万トンの船体は旋回が始まるまでの時間が長い。一度曲がり始めれば、驚く程、小さい旋回半径を描いて旋回するが、曲がり始めるまでが長い。


「拙い……」


 有賀は、顔を引きつらせた。

 回頭が始まる前に魚雷を食らってしまう。

 大和なら魚雷の一発や二発食らっても平気だ。初めて魚雷を受けたとき、殆どの乗員が爆発に気が付かなかった位だ。

 だが、狙われている箇所が拙い。

 後部には舵や推進器など航行に、回避に必要な機材が揃っている。

 舵を破壊されれば、回避行動は出来ない。スクリューが破壊されれば速力は出せずレイテに到達できない。

 有賀は自分の迂闊さを呪った。

 アヴェンジャー攻撃機は爆弾庫を開き魚雷を投下しようとした。

 その時、轟音が響いた。

 後方の陸奥が、大和に向かっていたアヴェンジャー攻撃機に対して主砲を咄嗟射撃したのだ。

 詰め込まれていた三式弾がアヴェンジャー攻撃機の近くで炸裂。

 中の弾子を放出し、三機に直撃。撃墜した。

 残りも目の前の僚機が一瞬で消滅した事に動揺し、魚雷を慌てて投下して退避した。

 放たれた魚雷は母機が爆風で煽られていたこともあり、見当違いの方向へ疾走。

 大和に直撃する事はなかった。


「助かった」


 艦尾を通過する魚雷を見て有賀は安堵の溜息を吐いた。


「陸奥に信号。只今の援護射撃、感謝する」

「はっ」


 信号兵が発光信号で陸奥に通信を送る。

 返信を待つ有賀は、その存在に気が付いた。


「陸奥の上空に敵機だ!」


 上空から獲物を狙っていたヘルダイバー九機が陸奥の発砲炎を目標に陸奥の後方から急降下を始めていた。

 すぐに回避を行わなければならなかったが、陸奥も大和への援護の為に発砲したため、見張が疎かになっていた。その隙を突かれた。


「咄嗟射撃! 後部第三砲塔! 左一三五度仰角四〇度! 撃て!」


 有賀は射撃を命じた。

 第三砲塔が発砲し、三式弾が炸裂するが遅かった。

 二機が直撃し撃墜され、三機は爆弾を捨てて逃走、二機は砲撃による気流の乱れによってバランスを失い墜落した。

 だが、先頭にいた三機は、発砲が遅れたこともあり、遙か後方を三式弾が通過しただけで影響はなく、陸奥に向かって降下を続けた。

 先頭の一機が狙いを付けて爆弾を投下。

 これは外れたが、二番機がズレを修正して、投下。

 陸奥の第三砲塔に命中した。

 急降下のエネルギーを加えられた一〇〇〇ポンド爆弾は砲塔の天蓋を貫通し砲塔内部へ突入し信管を作動させ爆発した。

 運悪く次発装填作業中の為防火扉が開いており、装薬に引火爆発。砲塔内部を破壊した。

 それでも弾薬庫への引火は防がれた。

 だが、三番機が投下した爆弾が、第三砲塔脇の甲板に命中、弾薬庫内で爆発した。

 搭載されていた弾薬に引火し爆発。先の爆発により砲塔が歪んで出来た隙間へ爆風が飛び込み、下の弾薬庫、装薬庫の誘爆を引き起こした。

 破壊力を増した爆風は、隣接する第四砲塔の弾薬庫へも流れ込み誘爆させ、大爆発を起こした。

 爆発はすさまじく、陸奥の船体は第三砲塔の部分で切断された。

 応急防御も船体切断まで及ぶと到底無理だ。

 そして応急修理を行う要員達は爆風を浴び、その衝撃で即死していた。

 彼らだけでなく、陸奥の乗員の殆どが爆発の衝撃で即死していた。

 艦長の三好少将も艦橋で爆風を受けて戦死。

 甲板の機銃要員も大半が戦死した。

 運良く艦内で生き延びた者も、爆発による船体の歪みからハッチが開かず、閉じ込められてしまった。

 直後に陸奥は大浸水を発生させ、艦尾から急速に沈んでいく。

 四分後には艦首を天に向け、そのまま垂直に海底へ没していった。

 沈没から二分後に、全部主砲塔誘爆によるものと思われる爆発が発生。

 巨大な水柱が立ち上がり、陸奥の墓標のようだった、と陸奥の沈没を見ていた者達は証言する。

 被弾から五分以内の轟沈と爆風のため、生存者は殆どいなかった。

 生存者も、直後に発生した空襲により全艦が回避行動を始めたため、救出作業は行えず救えなかった。


「陸奥の乗員救助のため、一時反転する」


 第四波の空襲を退けた後、南雲は命じた。

 激しい空襲の中、サンベルナルジノ海峡を突破するのは不可能であり、航空機の活動できない夜陰に乗じて突入するため、時間調整を行うとした。

戦後、第三部隊との合流が遅れた、臆病風に吹かれた、という非難を浴びる行動だったが、陸奥に救われた大和の一同に異存は無く、救助は淡々と進められた。

 しかし、瞬時の爆発と、時間経過、空襲による混乱により正確な沈没地点が記録されていないこともあり、第一遊撃部隊は生存者を発見できず、南雲の再反転命令により救助作業は打ち切られた。

 そのため陸奥の生存者は、数日後フィリピンに自力上陸したり、味方の哨戒機が発見した数名に限られる。

 そして、陸奥の沈没は、この海戦の行方を大きく変えることになった。

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