シブヤン海海戦

「味方戦闘機隊! 敵機へ向かいます!」


 上空援護をしていた戦闘機が敵機に向かっていった。

 後方の隼鷹から上がった零戦改と第一航空艦隊から送られてきた紫電の合計五〇機が向かう。

 第二群のイントレピットとカボットから発艦した第一次攻撃隊四二機は数が上の日本軍機に囲まれ、四散した。


「さすが戦闘機部隊だ。俺たちは一発も撃つことはなかった」


 味方の護衛に第一遊撃部隊は安堵した。

 だが、直後に第二波攻撃隊が迫ってきた。

 今度は倍以上の数、一〇〇機近い機数を擁する編隊であり、打電を受けて急行してきた護衛戦闘機より多かった。


「艦隊! 防空戦闘始め!」

「防空戦闘始め! 全艦三式弾用意!」


 敵機が多いことを見た南雲は宇垣に命じて、三式弾による対空射撃を命じた。

 少しでも数を減らしたかったし、敵機が散らばれば、味方戦闘機が戦いやすくなる。

 主砲塔がゆっくりと左へ旋回し、砲身が空に向かって上がる。

 主砲発砲の警告ブザーが響き鳴り終わると、主砲が発砲した。

 僚艦の武蔵、長門、陸奥も発砲を開始する。

 予想通り、敵機は編隊を散開させて三式弾から逃れ、撃墜できたのは数機だけだった。

 だが、少数になった敵編隊に対して味方戦闘機が食いつく。

 残りの敵機は、なおも第一遊撃部隊へ向かうが、そこへ三式弾の第二射が放たれた。

 今度は鳥海、愛宕、高雄、摩耶、利根、筑摩の重巡も加わり、敵機を囲い込む範囲を広げた。

 十数機が撃墜されるも米軍機は、接近を止めない。


「対空射撃! 始め!」


 各艦から高角砲が放たれた。

 特に摩耶の対空射撃は激しかった。第三砲塔を撤去し、代わりに高角砲を装備し、対空能力を向上させていた。

 上空から急降下の機会を狙っていたヘルダイバー達は、炸裂する高角砲に阻まれ、編隊を乱し、機会を失った。


「敵雷撃機接近!」


 戦闘機を振り切り海面すれすれまで降下する事に成功したアヴェンジャー攻撃機が、迫ってきた。


「全艦! 回避自由!」


 南雲が命じ、横腹を見せないよう正対するべく全艦が一斉に雷撃機の方向へ向かう。

 突然の回頭に驚いた雷撃機は新たに雷撃位置を求めて旋回するが、輪形陣外周に配置された駆逐艦の機銃に阻まれ、接近できずにいた。

 それでも数機の雷撃機が雷撃位置に取り付く。


「機銃! 打ちまくれ!」


 機銃指揮官達が接近してくる雷撃機を指して命令し、数十門の二五ミリ機銃が火を噴く。

 二機が撃墜され、三機は銃火を恐れ離脱する。しかし残った四機が魚雷を投下、四本の魚雷が大和に迫る。


「取り舵一杯!」


 防空指揮所にいた有賀は命じた。

 遠くからの雷撃だったため余裕を持って回避できた。


「猪口も上手く回避したようだな」


 周囲に敵機がいなくなったことを確認した。有賀は激しく対空砲火を浴びせる後方の武蔵を見て安堵した。

 砲術出身で、防空火力に頼りがちな海兵一期後輩の猪口は回避が不得意で被弾するのではないかと心配していた。

 だが、よく回避してくれた。


「陸奥が後方にいるな。三好の奴が上手く援護したからか」


 海兵二期上の陸奥艦長の三好少将は、潜水艦出身で目立たない人物だが、重要なところを抑える事が多く頼りがいがあった。

 本来なら一年早く陸奥の艦長に就任出来るはずだったが、潜水艦の増勢を受けて潜水戦隊参謀長を務めることとなり、就任が遅れていた。

 人事局長であり同期であった中沢少将がわびも込めて、中沢が軍令部第一部長転属前に任命された。

 重巡妙高艦長の経験があるとはいえ大型艦の艦長としての操艦に不安があったが、武蔵の援護が出来る程、操艦に余裕があった。


「これなら大丈夫だな」


 空襲を凌いだ艦隊を見て言った有賀の呟きは事実だった。

 その後も米軍の攻撃が加えられたが、全艦回避に成功していた。

 松田少将が考案、森下少将が指導した回避術は成果を発揮し、艦隊に損害はなかった。

 三波、六〇〇機に及ぶ米軍機の攻撃を受けてなお、健在だった。


「良いぞ!」


 第三波を撃退した有賀は自信に満ちた声で言った。

 この攻撃だけで米軍はどれほどの燃料弾薬を消費しただろうか。一個艦隊が消滅してもおかしくない攻撃を回避だけで無駄撃ちさせた。

 回避術がいかに優れているかを証明するものだった。


「各部署、弾薬の補充を急げ!」


 敵の空襲が終わったと思った有賀は、部下に命じた。

 いくら回避が重要と言っても敵機を寄せ付けないよう、対空機銃を撃たなければならない。消耗した弾薬を各機銃、砲塔へ補充する必要があった。

 そのため一時的に配置が解除された。


「左舷後方より敵雷撃機接近!」

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