海兵四五期の仲
「有賀、頼むぞ。絶対に当たるなよ」
「お任せを森下少将。必ず避けて見せます」
大和艦長の有賀はおどけた調子で航海参謀である森下に言った。
操艦の神様と言われ、回避の腕が良い森下が航海参謀として第二艦隊を指導していた。
有賀も、いや特に有賀は旗艦大和の艦長ということもあり厳しい程指導された。
それを有賀は悠々とこなし操艦と回避に自信を持っている。
「絶 対 に 当 て る な よ」
念を押すように、いや玩具を取られた子供のような目で森下は有賀に強く言った。
森下が有賀に強く当たるのは第四代大和艦長選任の時のことがあるからだ。
本来なら前任の大野艦長の後任として森下が第四代大和艦長となるハズだった。
だが、第一機動部隊航海参謀松田少将の司令官転出が決まってしまい、その後任を決める必要があった。
本当ならこのまま航海参謀として残って欲しいが、いずれ艦隊司令長官として指揮を執って貰いたい松田少将には今ここで航空戦隊司令官を務めて貰いたい。
それに万が一松田少将が戦死しても、回避術を教える人材を残し、各艦の回避能力を維持向上させる必要があった。
以上の人事上の事情により、操艦の神様として名高い森下が腕を買われて第一機動艦隊航海参謀に任命されてしまった。
当然大和艦長の候補から外されてしまい、森下はがっかりし仕方なく発令された航海参謀の任務に就くことになった。
空いてしまった大和艦長には森下の同期でマラリアの快癒後、水雷学校教頭をしていた有賀が任命されることになった。
「磨いた腕を生かすため、各艦の回避能力向上のための重大な役職とはいえ大和艦長を逃したのは悔しい」
と森下は後々まで嘆いていた。
「そう、くよくよするな」
森下が悔やんでいたとき、同じく同期で第二水雷戦隊司令官を務める古村啓三少将が慰めた。
だが、森下はにらみ返して言った。
「お前は武蔵艦長を務めただろうが!」
古村は開戦時、筑摩艦長を務めたあと、武蔵艦長に任命された。一年程でしかなかったが、連合艦隊旗艦を務めていた武蔵を存分に運用し、艦長の間に天皇の行幸を受ける誉れにも浴している。
そして武蔵艦長を無事勤め上げた今では第二水雷水雷戦隊司令官の要職に就いていた。
「え? 何だって?」
古村は聞き返した。
筑摩艦長時代に参加した南太平洋海戦で、機動部隊の前衛を任されてい時、米軍機か機関の戦艦と間違えたのか、筑摩に集中攻撃を仕掛けてきた。
筑摩は数発被弾し一六八名の戦死者を出すも、古村の的確な指示により生き残りトラックに撤退した。
帰投した筑摩を見て、山本長官が視察に訪れ「これでよく帰ってきたな」と驚く程の被弾だった。
当然古村も無傷ではなく、全身に怪我を負った上に両耳の鼓膜が破れる重傷だった。
以来、古村は耳が遠くなっている。
一時は前線式は無理ではないかと思われたが、ある程度回復し現場復帰し武蔵艦長を務めたあと第二水雷戦隊司令官になっていた。
「もういい」
森下は古村に言っても無駄と思い何も言わなかった。
耳が聞こえにくい古村は同期で同郷の有賀の艦長就任を喜んで朗らかに笑った。
そのため三人が艦長交代式のため大和に乗艦したとき、有賀は意気揚々と森下は消沈し古村はのんきに笑っていた。
もっとも、大野艦長を前にすると、三人とも同時に歯を食いしばって同じ顔をした。
大野艦長は海兵の一期先輩だが、更に一期先輩の四三期には大野艦長の実兄である伊集院がおり有賀と森下そして古村の四五期は伊集院から毎日のように鉄拳制裁を浴び、卒業しても忘れた事は無かった。
それでも交代式を終えると、有賀は大和艦長として、古村も第二水雷戦隊司令官として指導を受け、森下も航海参謀として各艦に回避の指導を行った。
石油が豊富で重油の心配をせず訓練が出来るリンガに第二艦隊が移動すると、森下も当然指導のためにやってきて各艦の回避に力を入れた。
その成果が今、発揮されようとしていた。
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