敵情と佐久田の性格

 出撃前に米軍の情報は得ていたが、南雲は情報と認識のすりあわせの為に宇垣に質問した。

 米軍は一五〇〇機を超える艦載機を持っているため、最悪五〇〇機の艦載機による集中攻撃が第一遊撃部隊へ行われる。

 第一遊撃部隊の上空に展開できる戦闘機が第一航空艦隊から送られる護衛戦闘機を含めて、最良の状況でも一〇〇以下である事を考えると十分ではない。

 敵がどれくらい来るか確認して追う必要がある。


「情報では、連日の空爆で米軍の空母群の内、一個が補給の為、後方へ下がる、と予想されています。米軍も攻撃の為に多くの機体を用意できないでしょう」

「だが最低でも二〇〇機は来るだろう」

「そうなります」


 南雲の認識を宇垣は認めた。

 米軍の一個空母群は二、三隻の正規空母と軽空母からなり、保有する艦載機はおよそ三〇〇から四〇〇機。

 ハルゼーの機動部隊は四個空母群からなり、一個抜けても三個空母群が相手となる。

 少なく見積もっても各空母群から一〇〇機ずつ、合計で二〇〇から三〇〇の敵機が空襲を仕掛けてくる。

 半数は戦闘機だが、第一遊撃部隊の上空に来るであろう戦闘機より多い。

 護衛戦闘機を抜いて殺到する一〇〇機の雷撃機と爆撃機による激しい空襲を各艦は受ける事になるだろう。

 そう思うと艦橋内の気分は暗くなってしまう。


「機動部隊、第三艦隊に関する情報は?」

「現在ありません」


 少し苛立ちながら宇垣は言った。

 空襲への危惧もあったが、佐久田の秘密主義のために、第一遊撃部隊にも機動部隊の行動は秘匿されており、どこに居るのか分からない。

 攻撃目標も日時も不明だ。

 そのため、自分達が囮にされているという思いが第一遊撃部隊司令部には強く、宇垣の報告は、とげとげしいものになった。


「敵に進撃しているのだろう」


 だが、南雲は静かに頷くだけだった。

 南雲忠一第一遊撃部隊司令長官。

 かつては苛烈な水雷屋だったが、年を重ね好々爺になった。

 それに、佐久田のことを信頼していた。

 ミッドウェーでの敗北の後、虎の子の空母二隻を沈められ南雲は厳しい糾弾を受けていた。

 南雲は留任となったが、責任として司令部幕僚の多くが配置転換された。

 南雲も辞職したかったが、国内的に南雲は戦勝提督であり止めさせることは出来ず、機動部隊である第三艦隊司令長官として残った。

 だが、ミッドウェーの敗北を責められ続け針のむしろだった。

 そんな時、新たな参謀としてやってきたのが佐久田だった。

 初対面こそ陰気で感じが悪く機動部隊の参謀は初めてだった佐久田に南雲は不安を感じていた。

 だが航空機の知識が豊富な上、何時も冷静で的確な状況判断を行い献策する佐久田に南雲は何度も助けられた。

 時に日本軍が劣勢となる予測や対応策を出すこともあった。

 しかし、ミッドウェーの敗戦を経験していた南雲の精神は強靱で佐久田の献策を受け入れ、困難な状況でも粘り強く戦い、苦しくとも指揮を続け勝利を幾度も収めた。

 佐久田と組んだ一年で、第二次ソロモン海戦、インド洋、南太平洋海戦などを勝ち抜き、後任である山口に機動部隊を精強な状態で引き渡す事が出来た。

佐久田のお陰でミッドウェーの雪辱を果たさせてくれたことを南雲は感謝していた。

 そして、佐久田のやり口を、南雲はよく知っている。

 絶対に、正面から仕掛けてくることはない。

 何処か後方を襲撃して、混乱させ敵に隙を作り攻撃を行う。

 第二次ソロモン海戦でも南太平洋海戦でもそうだったし、長官を退いてからの雄作戦でもそうだった。

 特に第二次ソロモン海戦では、ガダルカナルへ連日艦砲射撃を行う第八艦隊へ空襲をしかける米機動部隊の横合いを襲撃した。

 今回も同じ作戦を第二艦隊で行うと南雲は考えていた。


「第一遊撃部隊は予定通り、レイテ突入を目指す」


 ならば、自分の指揮下にある第一遊撃部隊はハルゼーを引きつけるためにシブヤン海に向かうことにする。

 第三艦隊の攻撃成功まで突入を見合わせる選択肢もあったが、あえてハルゼーを引きつけるためこのまま突入する。

 それに攻撃成功を待っていたらレイテへの突入が遅れ敵船団を逃してしまう恐れがある。

 米軍の上陸部隊を撃滅できる機会は早々ない。

 南雲は腹を決め、真っ直ぐシブヤン海へ突入することにした。

 だが、何も知らない宇垣は苛立っているようだ。

 黄金仮面と言われる程顔に表情を出さない宇垣だが、雰囲気だけで不機嫌なのは分かる。

 連合艦隊参謀長の時、連合艦隊司令部の指示に従わない上に勝手に無線封止を行い、時に行方不明となる第三艦隊、いや佐久田のやり方にかねてから含むところがあり、好意的には、なれないでいる。

 何とかしようと南雲が考えていると、後ろで鷹の鳴き声がした。


「幸運の使者も元気のようだ。上手くいくだろう」

「ですね」


 南雲の言葉に、ようやく宇垣が笑った。

 ブルネイに在泊中、鷹が大和の艦橋に降り立った。

 人になれているようで逃げることはなく、そのまま艦橋で飼われている。

 宇垣も吉兆だ、と言って可愛がり、艦橋に置くことを許した。

 以来、鷹はマスコットのように艦橋にいて、艦橋配置要員を和ませていた。


「この戦い、勝てるぞ。彼を死なせないためにも全力を尽くそう」

「無論であります」


 南雲の言葉に宇垣は同意した。

 厳しい戦闘になる事を彼らは覚悟しつつ、南雲達は翌日に備えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る