南シナ海の第一遊撃部隊

「第一遊撃部隊第一部隊、異常なし」

「第二部隊、同じく異常なし」


 夜明けと共に周囲の確認を命じられ実行した旗艦大和の見張り員が報告が第一艦橋に響く。

 既に南雲をはじめとする艦隊首脳は夜戦艦橋である下の第二艦橋から第一艦橋へ移っており、報告を聞いて安堵した。

 現在、航海計画は順調に進んでいる。

 当初の計画通り、南シナ海の洋上、南砂諸島近くの水深が浅い海域を航行している。このあたりは浅瀬も多く潜水艦が易々とは接近出来ない海域だ。

 パラワン水道に比べ遠回りだが、パラワン水道は水深が深く、潜水艦が潜みやすいので襲撃を気にしなければならない。

 日々対潜部隊が派遣され米潜水艦を血祭りに上げている程、潜みやすいし集まりやすい。

 作戦決行当初は燃料不足によりパラワン水道を行くことになっていた。

 だがタンカーの手配が間に合ったお陰で、第一遊撃部隊各艦が進撃するには十分は燃料を持てたからこそ出来る進路選択だった。

 入ってくる通報でもパラワン水道で敵潜水艦発見の報告が入っており、パラワン水道に入らなくて良かった。

 ハルゼーの機動部隊の空襲圏からもまだ遠く襲撃の恐れはない。

 敵の空襲にも潜水艦にも遭わず、ブルネイ出撃以来一隻も欠けることなく第一遊撃部隊は進撃を続けた。

 だが、航続距離の短い朝潮型、白露型を中心に速力が遅い第二戦隊の扶桑、山城を基幹とする第三部隊がスリガオ海峡から突入することになっている。

 彼らは敵に近い進路を取るため、真っ先に空襲圏に入ってしまう。

 旧式戦艦の扶桑、山城が空襲に耐えられるか不安だった。

 しかし、南雲達の本隊、第一部隊と第二部隊も油断は出来ない。


「明日はシブヤン海に入ってから大変な事になるな」

 

南雲が呟いたとおり、間もなく部隊は敵の空襲圏に入る。

 シブヤン海は狭く、艦隊行動が困難な場所だ。

 だが一番の難所、シブヤン海の出口であるサンベルナルジノ海峡を安全の為、通過中空襲を受けないよう夜間に突破する。

 だから狭いシブヤン海を日中に敵の空襲が行われるであろう時間帯に突破しなければならない。


「基地航空艦隊の情報は?」


 南雲は静かに第一戦隊司令官の宇垣に尋ねた。

 予定では第一航空艦隊と第二航空艦隊そして陸軍の第四航空軍が、敵艦隊へ襲撃を仕掛け、進撃を援護する手はずだ。


「悪天候により出撃不能だそうです」


 先の台湾沖で第四航空軍はほぼ壊滅。第二航空艦隊も、機体の多くが空襲で失われている。

 かろうじて小沢中将率いる第一航空艦隊が健在だが、陸上飛行場から攻撃を仕掛けて、戦果を挙げることを期待していた。

 しかし、出撃不能とあらば、敵は健在だ。


「天候回復が見込める明日以降、全航空機を以てハルゼーの機動部隊に攻撃を仕掛けるそうです」

「そうか」


 南雲は淡々と答えた。

 マリアナでは小沢の上官を務めたが、米軍機動部隊の圧倒的な戦力、集中攻撃の前に分散配置を強いられる基地航空隊は苦戦を強いられた。

 今回も、基地航空隊は苦戦するだろう、と南雲は推測し基地航空隊に大きな期待はしていなかった。

 むしろ無駄な犠牲を強いるようなことは避けて欲しい。


「空襲を受ける我々へ、出来る限り援護の戦闘機を出すそうです」


「そうか」


 艦橋内の雰囲気が少し和らいだ。

 リンガで錬成任務をしていたため機動部隊に編入できなかった隼鷹をはじめとする軽空母部隊が戦闘機を満載して、第一遊撃部隊の後方にいる。

 ハルゼーの空襲に備え第一遊撃部隊に上空援護を与えるための処置だ。

 だが、艦隊上空に果たして何機の戦闘機が常に滞空できるか。

 軽空母の戦闘機は目一杯積んでも一五〇機ほど。

 できる限りの戦闘機を発進させ艦隊上空に送ったとしても五〇機以下だろう。

 しかし、第一航空艦隊も戦闘機を送ってくれるというのなら、護衛が多くなり多少はマシになる。

 だが、敵艦隊を攻撃しつつ援護の戦闘機を基地から送るのは困難であり、少数、五〇機は超えないと南雲は予想した。

 空襲を受けて緊急発進してくれる戦闘機が居るだろうが第一遊撃部隊の上空に展開できる戦闘機は最大でも一〇〇機以下と予想していた。


「米軍の戦力に関する情報は?」

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