捷一号作戦発動

「いよいよ来たぞ」


 柱島に停泊している第一機動艦隊第三艦隊旗艦信濃の艦橋で機動部隊参謀に復帰した佐久田は捷一号作戦の発動を山口から聞いた。


「米軍はレイテに来ましたか」


 てっきりミンダナオ島に来ると思っていた佐久田は、驚いた。

 米軍は奪回したニューギニアを拠点に、一番近いフィリピン南部のミンダナオ島から堅実に攻める、と佐久田は考えていた。

 パプアニューギニアに近く、陸軍航空隊の支援を受けやすいミンダナオ島は攻撃目標として魅力的だ。

 だが、それを飛び越してレイテにショートカットするなど米軍は何処か焦っているように思える。


「やはり大統領選が迫っているからか?」


 珍しく弾んだ声で佐久田は呟いた。

 間もなくアメリカ大統領選挙が近い。

 マリアナで思いのほか損害を受け、ヨーロッパでもフランス解放が遅れている。

 ここで大きな勝利を作り出したいと考えているようだ。

 焦って下手を打ってくれたようで久方ぶりに佐久田は喜んだ。


「それで、我々はどうするのだ」


 司令長官である山口は佐久田に尋ねた。

 捷一号作戦の基本はアメリカの上陸部隊を総力を挙げて撃滅することだ。

 敵への攻撃が困難なのは、敵が逃げるからだ。

 敵機動部隊を追いかけても広い太平洋では逃げられて仕舞う。

 だが上陸作戦なら、上陸した島の周辺から動くことは出来なくなる。下手に離脱しようなら上陸部隊は孤立し、撃破することは可能だ。だから米軍は上陸地点に全戦力を集中させ決して動くことはない。

 上陸地点から動けなくなった米軍へ集中攻撃を行うのが捷号作戦の根底だ。

 だが、そのためには敵の上陸地点へ自軍を集中させる必要がある。


「第一機動艦隊は分散している」


 だがインド洋での戦闘を終えた第三艦隊は、ハルゼー台風の対処のため、本土に呼び戻された。

 ハルゼー機動部隊の撤退により、それは空振りに終わり、補充と休養のために本土に戻っている。

 しかし水上艦部隊である第二艦隊は訓練のためにリンガに残ったままだ。

 日本機動部隊の兵力がフィリピンを境に南北に二分され、分断されていたのだ。


「兵力の再集結は不可能です。このまま作戦を行うしかありません」


 佐久田は明快に方針を伝えた。

 本来なら兵力を集中した状態で行いたいが、再集結の時間は無くこのまま攻撃するしかない。

 作戦の修正が必要だが、不可能ではなかった。


「戦力集中の原則からは外れるぞ」


 戦力は纏めて運用することで最大限の効果を発揮する。

 足し算ではなく、乗算だからだ。

 ランチェスターの法則では兵力数を二乗することで戦力を算出する。

 兵力が多いと一対二の状況を作り出しやすく、有利に戦えるからだ。

 だが、逆に分断され兵力が二分されると、戦力は半分ではなく四分の一の部隊が布達出来てしまう。

 兵力分散は各個撃破の良い的だ。


「そこが、作戦の肝です。我々が敵を攻撃するために必要なのです」

「第二艦隊を囮にするのか」


 山口は佐久田を睨み付けた。

 一部の将兵に犠牲を強いるような戦い方に反対してきた佐久田の趣旨換え、信念を曲げるようなやり方に嫌悪感を抱いた。


「時間差で囮になって貰うだけです」

「? どういうことだ?」

「我々が攻撃を仕掛けるまで、第二艦隊には敵を引きつけて貰います。その代わり、攻撃後は第二艦隊の為にハルゼーを我々が引っかき回します」

「そう、上手くいくか? そもそも、何処を攻撃するつもりだ」


 山口の質問に、佐久田は作戦計画書を渡した。

 極秘と書かれた作戦計画書を読んだ。

 そして、記載されていた攻撃目標を知り、驚くと共にニヤリと笑う。


「これなら米軍も驚くな。だが、初めからこれを狙って艦隊を配置していたのではないか?」

「さあ、何のことか」


 佐久田はとぼけたが、大規模な艦隊を予め配置するには前々から準備しないと無理なことは山口には分かっていた。

 秘匿するために味方にも、それも司令長官である山口にも攻撃目標を佐久田は秘匿していたのだ。

 だが山口は喜び勇んで指揮下にある機動部隊に出撃を命じた。

 ただ、艦隊に佐久田の姿はなかった。

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