ブルネイ 出撃前の打ち合わせ

「捷一号作戦が発動されました。作戦目的はフィリピンに上陸した米軍への打撃です」


 佐久田はブルネイに停泊中の大和にある長官公室で第二艦隊の幹部に説明を行っていた。

 捷一号作戦の発動によりリンガで訓練を行っていた第二艦隊は、ブルネイへ進出。出撃に備えて燃料補給作業を行っていた。

 幸い、インド洋で鹵獲したタンカーが多く、各艦への給油作業は順調に進んでいた。

 柱島を出撃したのを確認した佐久田は水上機で岩国へ移動。

 岩国からは一式陸攻を改造して作られた一式輸送機に乗り込み、ブルネイまで約四千キロを一三時間で飛んできた。

 全ては第二艦隊に捷一号作戦を説明するためだ。


「既に第三艦隊は出撃。これより作戦行動に入りXデーを期して攻撃目標を攻撃します」

「何処だねそこは?」


 第一戦隊司令官の宇垣中将が表情を変えず尋ねた。


「軍機につきお答え出来ません。攻撃目標の秘匿は作戦の成功の鍵なので」


 佐久田の説明に宇垣は無言だった。

 納得したのか、不満なのかも分からなかった。


「それで我々はどう動けというのだ?」


 表情を変えず、宇垣は尋ねる。


「はい、第二艦隊は21日に出撃、潜水艦が行動しにくい浅い海域の続く南シナ海を北東へ進撃。Xデーである25日早朝のレイテ湾突入を目指します」

「レイテ沖にはハルゼーの機動部隊が居るぞ」

「ハルゼーに関しては、第三艦隊が前日に攻撃を仕掛け、ハルゼーを誘引し、レイテより引き剥がします。その間に第二艦隊はシブヤン海、サンベルナルジの海峡を突破。レイテへ突入して貰います」

「囮か?」

「第三艦隊の攻撃が行われるまでの間はハルゼーの攻撃を誘引して貰います」

「護衛戦闘機が無いぞ」

「護衛に関しては、マニラへ進出した第一航空艦隊が上空援護を行う手配になっております。第二航空艦隊も出来るだけの支援を行うことになっています」


 司令部の幕僚達は不安な表情をした。

 第一航空艦隊は台湾沖航空戦で痛手を被っている。

 そして第二航空艦隊は、ダバオでの誤報で航空戦力を失っている。特に地上施設の破壊が酷く、支援がまともに行われるとは思えなかった。


「第二艦隊はレイテへ突入、船団を撃破してください」

「敵機動部隊ではないのか?」


 司令官の一人栗田中将が尋ねた。


「はい、攻撃目標は敵上陸船団です」

「邪道だな」


 艦隊決戦を主眼に訓練してきた日本海軍にとって船団攻撃など邪道である、という意見が強かった。


「お言葉ですが、敵の侵攻軍は十万です。これを撃滅出来るだけで、敵の進行スケジュールを遅らせる事が出来ます」


 訓練された十万の第一線兵力を回復するには時間が掛かる。

 それを輸送する船舶、彼らが装備する備品の調達にどれだけの時間が掛かることか。

 船団を破壊すれば時間が稼げる。


「第一目標は船団です」

「途中で敵艦隊が現れたら」

「進路を妨害するようなら排除して進んでください。しかし、船団攻撃に支障が出ないようお願いします」

「敵を前にして逃げろというのか」

「目標を誤らないで貰いたい、と言っているのです」


 船団攻撃を要請する佐久田への反感が徐々に募っていく。


「これは作戦命令なのか?」


 その時、司令長官が尋ねてきた。


「はい、軍令部から認可された作戦です」

「作戦ならば従いましょう」


 第二艦隊司令長官南雲忠一大将だった。

 マリアナ陥落の責任を取り、退役願いを出したが佐久田の要請で却下され、第二艦隊司令長官に就任していた。

 先任であり、多数の提督を纏めるのに南雲大将以外に適任者はいなかった。

 豊田大将か古賀大将が候補に挙がったが、連合艦隊司令長官が前線に出てくるのは問題があるし、古賀大将もソロモンでの敗戦の責任をとる形で退いており、問題があった。

 マリアナの責任を嶋田に押しつけた形で南雲は免責されていたし、撤退戦で臨時に水雷戦隊を指揮して、見事撤退させ、統率力が優れていることを見せつけていたこともあって、南雲が第二艦隊司令長官、第一遊撃部隊の最高指揮官に就任していた。


「しかし、途中で敵艦隊に出会えば、攻撃を行います」

「構いません。可及的速やかに排除し、レイテへ突入してください」

「了解した」


 南雲は佐久田に力強く了承した。

 ミッドウェーの敗戦のあと、汚名を雪ぐため第三艦隊司令長官として機動部隊を指揮したが、第二次ソロモン海戦以降の戦いで勝利出来たのは佐久田のお陰だった。

 お陰でミッドウェーの仇を討つことが出来、安心して山口に第三艦隊司令長官の職を譲ることが出来た。

 中部太平洋方面艦隊司令長官に就任しマリアナの陸上部隊の指揮を執ることになったときは、死を覚悟したが、脱出するよう説得され生き恥を耐えて、これまで生きてきた。

 死に場所が与えられるなら、喜んで行こうと南雲は決めていた。


「必ずや艦隊をレイテへ突入させる」


 南雲の力強い言葉を受けて佐久田は作戦の完遂を確信すると、説明を終わらせ大和をあとにした。

 そして、再び飛行機に乗り込み、今度はマニラへ行き第二航空艦隊司令長官である小沢中将にシブヤン海を航行する第二艦隊への上空援護を要請し快諾された。

 作戦の打ち合わせを全て終えた佐久田は沖縄に飛び、待っていた艦上輸送機に乗り込むと沖縄東方洋上を進撃中の第三艦隊に着艦し、作戦目標を目指して航行していった。

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