艦載機部隊搭乗員
「貴様! 何をしているか!」
きびきびとした動作で若い中尉が怒鳴った。
「何か」
尋ねられた飛行兵曹は剣呑な表情で問い返す。
その態度に中尉はひるんだ。
学徒出陣で短期間の教育ののち少尉となり、艦艇配置となった。
だが、内地の第五十航空戦隊、鳳翔を基幹とする発着艦訓練部隊に配属されたため実戦経験はない。
今回、昇進とともに転属を命令され信濃に配属されて初めての実戦参加だ。
そのため、開戦以来絶えず実戦を経験してきた搭乗員や古参の下士官兵に劣等感を抱いている。
今までは新兵ばかりで階級章は絶対だった。
それが通用しないことを痛感している。
それでも劣等感を跳ね返そうと強く言った。
「手にしているのは何だ」
「酒保で手に入れた酒ですわ」
「戦闘配置がかかっているぞ」
「我々が出ていく幕はしばらくないので」
そう言って飲み始めた。
「貴様! なめているのか!」
中尉が殴ろうとしたとき、その腕をつかまれた。
「失礼ながら、士官が下士官に鉄拳制裁はいかがかと」
右腕をつかんで話しかけてきた人物を見ると少尉、それも自分より年齢は上ゴーグル跡の残る日焼けをしている。
飛行士官、それも特務士官――水兵から昇進を重ねてきたベテランだ。
中尉にとって苦手な相手だ。
「失礼、南山少尉であります」
自己紹介した南山は、見た目通りのベテランだ。
日中戦争前に入隊後、パイロット不足となった航空隊に応募して搭乗員となり、艦攻乗りとして参加。
その腕前から母艦搭乗員となり、開戦時には第一航空戦隊旗艦赤城へ配属され、真珠湾に参加し、アリゾナへ魚雷を命中させた。
ミッドウェーでは敵空母に魚雷を命中させるものの出撃中に敵の攻撃隊によって乗艦を失い、帰還後も病院に軟禁されたがある事件により解放され、翔鶴に乗艦した。
以降、第二次ソロモン海海戦、南太平洋海戦、インド洋、雄作戦に参加。
いずれも敵空母へ魚雷を命中させていた。
幾度もの修羅場を潜り抜けた歴戦の飛行士だ。
「こいつは平野一等飛行兵曹。戦闘機乗りのベテランです」
皮肉気に笑いながら平野は敬礼する。
ふてぶてしい表情を表に出すだけ彼は修羅場をくぐっていた。
開戦に備えて予科練の強化が行われた昭和一六年の十月に入隊し開戦後、練習課程へ。
七月に実用機課程戦闘機部門を修了し、第一航空戦隊へ配属された。
ミッドウェー海戦後の再編成が急ピッチで行われており、特に艦隊上空の制空権確保のため戦闘機の大増強が行われていた。
戦闘機パイロットが足りないため基地航空隊を飛ばして直接予科練から母艦航空隊へ配属するという方針に変わっていた。
そのため平野は、厳しい第二次ソロモン海海戦から愛機である零戦改に乗って実戦を経験し、それ以降も空で戦い続けていた。
南山とはその時知り合い、平野が彼を護衛するとともに、南山が航法によって平野の戦闘機を母艦へ誘導することが多く、互いの仲は深まっていった。
撃墜スコアも十数機を超えている。
ふてぶてしい態度をとるだけの実力を持っていた。
南山の後ろから士官をにらんでいる城野二等飛行兵曹はこの時期の典型的な母艦搭乗員だった。
中学の時、北山が航空産業育成のため作った大日本帝国飛行協会青年部に入り、グライダーの操縦資格を得たとき、開戦。
すぐさま予科練に志願し迅速に育成された。
ミッドウェーの混乱が収まったころ、予科練を卒業した城野は実用機課程を終えると、内地の第五十航空戦隊で発着艦を習った後、南方へ異動、リンガの第六十航空戦隊で仕上げを行ったのち、南太平洋海戦を終えた第一航空戦隊へ配属され平野とペアを組みインド洋へ。
昭和一八年の前半はイギリス軍のスピットファイアを相手に実戦経験を重ねてきた。
その後戦局が厳しくなったソロモンへ移動し、アメリカ軍相手に戦い一流の戦闘機搭乗員になった。
昭和十八年中盤に再編成のため本土に帰投したとき城野は一人前の戦闘機乗りとなり、内地で新たに配属されてきた新人を指導できるまでの実力を得ていた。
城野が搭乗員として腕を磨けたのは、グライダーでの経験と海軍の新たな訓練システムによるところ大だが、南山、平野の指導があったからでもある。
恩師二人に突っかかる新参の予備士官に口出しなどしてもらいたくなかった。
それでも言動を注意する中尉だったが彼らは話を聞かない。
開戦前から海軍に入隊し緒戦から戦いつづけた兵卒上がりの搭乗員である。
たとえ兵学校出の正規士官でもいうことを聞かせるのは難しい。
開戦後動員され短期間の教育を受けただけで実戦経験のない予備士官にどうにかできるものではなかった。
「参謀!」
ラッタルを降りてくる参謀を見つけた南山は駆け寄り敬礼した。
「お久しぶりです佐久田参謀」
「南山か」
答礼した佐久田はわずかに顔をほころばせた。
「元気にしていたか」
「はい、今回も頑張らせていただきます」
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