三田事件

「知り合いかね?」


 佐久田の後ろにいた山口提督が尋ねてきた。

 南山は提督に気が付くとさすがに敬礼し、佐久田が紹介を始めた。


「南山少尉であります山口長官。開戦以来の古参で真珠湾、ミッドウェー、第二次ソロモン、南太平洋、インド洋、雄作戦。いずれにも参加し空母に魚雷を命中させております」

「ほう、それはすごい」

「ありがとうございます」


 南山は背筋を改めて伸ばした。

 一航艦の頃から人殺し多門丸の噂は耳にしていた。


「しかし、特務士官と仲がいいとは」

「はい、参謀は我々赤城の生き残りの恩人でありますから」

「ああ、三田事件での解放者か」


 ミッドウェーで日本海軍は赤城、蒼龍の二隻を撃沈され、加賀が大破するという大敗北となった。

 開戦以来初であり、損害の大きさに海軍上層部は海戦のことに関して緘口令を敷いた。

 撃沈艦の生存者たちは情報が漏れないように横須賀の海軍病院に隔離された。

 撃沈された乗艦と戦死した仲間の復仇に燃えていた彼らに対するこのような仕打ちは、乗員たちを噴飯させた。

 だが銃を持った憲兵の前に何より命令では仕方なかった。

 そこへ救いの手を差し伸べたのが、源田、淵田そして佐久田だった。

 当時南遣艦隊参謀だった佐久田は出張で本土に帰還し山本長官と会う予定だった。

 そこで海大同期の源田から生存者の話を聞いて戦力を有効活用していないと怒り、源田の計画に乗った。

 海軍病院から淵田を脱走させ、佐久田の従兵として大和まで乗り込み淵田と山本を会わせて直談判させた。

 すぐに生存者たちは解放され、新たな配置、多くは新編された第三艦隊に配属され佐久田の元で戦う。

 直後に起きた第二次ソロモン海海戦、南太平洋海戦において佐久田の指導により大勝利をおさめた。

 その後もインド洋で戦果を挙げたことにより搭乗員たち、特にミッドウェーで助けられた古参搭乗員達の佐久田への信頼は高かった。

 前任の小沢中将から申し送りで聞いていたが直に見た山口は佐久田を改めて評価しなおした。


「決戦は君たち搭乗員の双肩にかかっている。頼んだぞ」

「お任せください」


 南山が再び敬礼すると山口も答礼し、その場を去った。


「まるで金井のようだ」


 開戦前の戦技大会水平爆撃部門で全弾命中を成し遂げ蒼龍を優勝に導き、機動部隊の至宝と呼ばれた搭乗員のことを思い出した。

 真珠湾では期待通りに戦果を挙げてくれたが、その帰途に行われたウェーク島空襲で惜しくも戦死してしまった。

 流石に山口も金井の戦死は堪えてしばらくは気落ちした。


「開戦時の搭乗員は皆彼のようだった」

「ええ、致し方ないことですが」


 山口の言葉を佐久田は理解していた。

 本来機動部隊の搭乗員は発艦着艦に高い技量が必要なため、陸上航空隊で技量を磨いてから配属されるのが普通だ。

 しかし開戦により航空戦力の増強を続けた結果、第一機動艦隊は軽空母を含めて一五隻と開戦時の機動部隊を上回る規模となった。

 だが、空母は建造できても搭乗員の養成は時間がかかる。

 霞ケ浦、予科練を卒業し実用機の訓練を受け、即座に航空戦隊付属航空隊に配属される新人が多くなった。


「訓練の時間は設けておりますが」


 それでも海軍は可能な限り、搭乗員の訓練を行っていた。

 鳳翔を基幹とした第五一航空戦隊を編成し、瀬戸内海で訓練を行い着艦の初歩を教えた後、リンガへ移動。

 捕獲したイギリスの高速客船を改装した訓練空母で実用機の訓練を行い経験を重ねたのち、インド洋方面艦隊へ。

 米海軍に比べれば組みやすいイギリスの船団相手に実戦経験を積む。

 そして仕上げに南東方面、ソロモン海で米軍相手の死闘を経て一人前の搭乗員となると本土へ帰還。

 新たな部隊の中核となり新人を教育しリンガヘ赴くというシステムを作り上げた。

 佐久田の作り上げたこのシステムにより母艦搭乗員の教育は順調に進み、トラック空襲まで技量の高い搭乗員を千人以上育て上げた。

 経験のない新人パイロットが占めるような悪夢は避けられたが、金がないゆえに少数精鋭、粒ぞろいの卓越した搭乗員ばかりだった開戦時に比べると技量低下を山口は感じずにはいられない。


「まあ、少なくとも無様な戦い方はしないだろうな。あとは彼らが無様な戦い方をしないよう、我々がしっかりとした指揮しなければな」

「はい」


 普段は生気の無い佐久田も山口の言葉に同意し、力強く答えた。

 佐久田の覇気とでも言うべきオーラが出ていることに山口は驚いた。

 一瞬だったが、佐久田のやる気を見て気圧されたが、頼りになると山口は思い、心強く感じた。

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