スプールアンス提督の苦悩

「上陸作戦を実施せよか」


 インディアナポリスの艦内で男は呟いた。

 同僚であるハルゼーと違って小家族主義を旨とする彼は司令部の人員を少なくした方が良いと考えていた。

 だから重巡に収まる程度の人数に絞るようにする合理的で知的な人物だった。

 トラック襲撃の際には、戦艦に乗り込み最前線で指揮を執るという彼には似つかわしくない行動も起こしていたが、彼は合衆国海軍の中では知将と呼ばれる範疇に入る人物だ。


「敵艦隊の動向も分からないにもかかわらずか」


 受け取った電文をスプールアンスは握り潰した。

 マリアナ攻略の総司令官に任命された彼の任務は勿論マリアナ攻略を果たすことだ。

 だが、スプールアンスの任務は非常に厄介だった。

 まず、日本海軍の機動部隊が健在で何処にいるか分からないこと。

 インド洋から居なくなったことはわかっているが、その部隊の現在位置がシンガポール近辺かフィリピンか、日本本土か分からなかった。

 しかも、率いているのは山口多聞。日本でも有数の機動部隊指揮官で勇猛果敢でありながら計算高い名将とされている。

 真珠湾を奇襲した山本並みに警戒しなければならない。

 いつ彼の艦隊に自分の艦隊が奇襲されるか不安で仕方なかった。

 次の問題は上陸部隊を何時上陸させるかだ。

 日本機動部隊がいつ来るか分からない状況で上陸させるなど身の毛もよだつ恐怖だ。

 上陸中に山口の機動部隊に攻撃されれば上陸部隊は大損害を被るだろう。

 いや、上陸部隊の盾になるために空母任務部隊が前に出て盾になる必要があり、空母が沈む恐れがある。

 ミッドウェーの比では無い程の大打撃を被ることは明らかだ。

 スプールアンスは出来れば日本機動部隊撃滅後に侵攻したかった。

 しかし、タラワ攻略戦とクウェゼリン侵攻作戦で日本の機動部隊が出て来なかった結果、今回も出て来ないだろう、出てきたとしても攻略完了後と判断されていた。

 本当にそうなのかスプールアンスは疑問だったが、上はそう判断している。

 特にキング作戦部長はマリアナ諸島を攻略し占領すればカロリン、パラオ、ニューギニアへの日本軍の中継拠点を絶てる上に、台湾攻略の足がかりになる。

 台湾を攻略し中国沿岸部を結ぶラインが出来れば、日本と南方を結ぶシーレーンを遮断できる、と主張していた。

 確かに理論上はそうだが、実際に出来るか否かは敵の抵抗によって異なる。

 ましてマリアナは、日本本土を守る為の重要拠点であり、ここを奪われれば本土が空襲を受けると日本軍も知っている。

 是が非でも守ろうと激烈な抵抗を行うのではないか。

 防御陣地を用意しているのではないだろうか。

 勿論、スプールアンスは知将の名が付けられるほど有能なので無策ではない。

 前日までに総数一一〇〇機にものぼる艦載機の攻撃により、マリアナ諸島と周辺航空基地へ打撃を与えていた。

 だが、日本軍がどの程度の航空兵力を有しているかわからない。

 空襲を受けても日本軍は直ぐさま航空基地を修復してしまう事もソロモン諸島の戦いから知っている。

 ブルドーザーが無くとも人海戦術で滑走路の穴を埋めるのは簡単だ。

 打撃を与えてもすぐに滑走路を復旧し航空機を飛ばしてくるだろう。

 この状況で上陸作戦を実行させても良いのかスプールアンスは迷った。

 上陸の時期を見るために第五艦隊司令長官をしているようなものだ。

 指揮下にある二つの任務部隊。

 マーク・ミッチャー中将指揮下の第五八任務部隊。正規空母七、軽空母八、艦載機八九一機からなる機動部隊。

 リッチモンド・ターナー中将指揮下の第五一任務部隊。第二海兵師団、第三海兵師団、第四海兵師団、陸軍第二七師団、第七七師団からなる二〇万人に近い両用作戦部隊。

 この二つを有効的に使うのがスプールアンスの使命だ。

 特に陸上部隊は貴重だ。ソロモン方面の掃討戦に多数の部隊を残しているため、上陸作戦に使える部隊が少ない。


理由は

https://kakuyomu.jp/works/16816927862154635176/episodes/16816927862154643455


 彼らをいたずらに消耗することは出来ない。

 その投入時期と方法を見誤ってはならない。


「ふむ」


 現状、遂行は非常に困難だ。

 予定通りマリアナへの空襲は行ったが、十分に効果を発揮していない。

 日本軍の恐るべき戦闘機ジーク――零戦のアメリカ軍側のコードネーム、その改良型はいまだに恐るべき性能を発揮している。F6Fもパワーアップしているが、圧倒できるだけの性能ではない。

 F6Fは非常に頑丈で防弾にも優れており、空戦で被弾しても空母に帰還出来る性能を誇る。

 だがそれは機体重量の増加を招き、脚部の設計上の問題もあり、着艦時に脚部折損を起こす事が多い。

 後方の護衛空母から艦載機の補充は行えるが、過信は禁物だ。

 日本軍が効率的な迎撃を行っている分、キルレシオはほぼ互角だが、事故機の数を考えると着陸事故の多いF6Fが不利だ。

 以上の事を踏まえてスプールアンスは決断した。


「ミッチャーに連絡。日本機動部隊の出現に備えてマリアナ諸島西方に待機。ターナーには一三日よりサイパン島へ艦砲射撃を開始。予定通り一五日早朝より上陸を開始せよ。遅延させては航空部隊に損耗が増える。それに洋上待機中の上陸部隊が空襲を受けてはダメだ。上陸させる」

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