航空甲参謀 佐久田
一九四四年六月一一日
空母の甲板の上に着艦した機内で佐久田はこの機体の開発を拙速に進めたことを軽く後悔した。
三式艦上輸送機海空。
空母へ着艦できる単発輸送機だ。
二直制の導入と空地分離を行った日本海軍では行動中の機動部隊への人員及び物資輸送の為の機体が必要だった。
攻撃機より目立たないが重要な輸送――パイロットなどの人員輸送、エンジンや魚雷などの機材輸送を行える機体を早急に開発する必要があった。
開発期間が限られているため、最低限の機能のみ達成するよう設計し、迅速に生産できるよう、あちこちが省略されている。
そのため計画開始から僅か半年で正式採用され、各部隊に配備された。しかし代償として著しく居住性を損なっている。
おまけに三菱、中島と既存の飛行機メーカーは前線から上がる要求を全て聞き入れた航空隊上層部が新型機開発命令を乱発して開発余力がない。
そのため、これまで航空機開発経験のない北山重工に開発が依頼された。
北山は先の大戦で生まれた生産専門の下請け企業で機械や航空機などを他の企業が生み出した製品を自社で更に生産する企業だ。
今大戦でも武器弾薬船舶そして航空機の大量生産を請け負っている。
そして徐々に開発力を高め航空機の開発に乗り出し、請け負ったのが三式艦上輸送機だ。
生産優先のメーカーのため開発経験が無いこともあって非常に無骨だ。
四角い胴体に乗員二名と乗客最大一〇名を乗せるため、折りたたみ椅子しか無いのだ。
しかし他に乗り物はない。
艦攻等を用意させることも出来るが作戦行動中であり、作戦機を参謀とはいえ人員輸送に割いている余裕は無く、結局後方移動専門――それ以外の機能を省いた艦上輸送機しか選択肢はない。
だがお陰で決戦に間に合い、各空母の間で人員や発動機などの物資を輸送し、戦力の向上に役に立っている。大戦中に計画完成した機体の中で最も活躍したと一部から評価されるほどだ。
三式艦上輸送機海空の詳細は
https://kakuyomu.jp/works/16816927862107243640/episodes/16816927862107278456
この機体おかげで進撃中の艦隊に乗り込むことが出来るようになり利便性が高まった。
だが出張のハードルが下がった分、参謀達は各地へ派遣されることが多くなりハードワークが続いて疲労困憊だ。
そして、輸送機海空の乗り心地の悪さが拍車をかける。
狭い機内で折りたたみ椅子に何時間も座っているのは苦痛であり、訓練された海軍士官でも辟易する。
着艦した安堵で溜息を吐きつつ停止した機体から佐久田は信濃の甲板に降り立った。
既に梅雨に入った東京は蒸し暑いが南国に出てくるとより強い熱気が体を蝕み不愉快にする。
佐久田は足早に巨大な島型艦橋に向かって歩き、扉をくぐって艦橋に向かう。
途中で下士官と水兵に出会い、敬礼してすれ違う。
「兵曹、あの参謀はかなり参っているみたいですね」
参謀がタラップを昇っていき足音が消えたのを確認して水兵が下士官に話しかけた。
「目が死んでいます。あの三式は窮屈ですからな」
海兵団卒業後、直ぐに飛行隊の通信兵として三式で何度も連絡任務で往復している水兵がしみじみと語るが兵曹は首を振った。
「いや、あの人は昔からずっとだ。コクサ、航空甲参謀の佐久田参謀は海大を出て直ぐに中国に派遣されずっと最前線か前線の司令部に対米開戦まで四年もいたからあんな目になったらしい」
「そんな人で大丈夫ですか?」
東京近郊の町から志願して海兵団に入団した水兵だ。徴兵で陸軍に行き、歩かされるより船の中にいれば良い海軍を志願した口だ。
だから制裁の多い海兵団の教育で死ぬほど後悔しいた。
今も通信兵の生活、雑音が多いレシーバーにずっと耳をあて、金切り声のようなトンツーオンを聞き逃さずにいたため眠るときも鳴っている幻聴を聞く生活を後悔している。
このまま、あんなうだつの上がらない参謀の作戦で死ぬのはゴメンだった。
そのことを見抜いた下士官は優しい口調で言った。
「優秀な人らしい。何本も論文を書いて今の機動艦隊の編成と戦策を作り上げた人らしい」
「作戦は大丈夫なんですか? 現場と実戦は違うと思うのですが」
海兵団は船での生活するために新兵を教育する機関でもある。にもかかわらず、習ったことと艦上生活のギャップの大きさを水兵は体験していた。
机上の作戦と現場は全く違うのだ。
その不安を読み取った兵曹は笑って答えた。
「中国で前線勤務の後、開戦時には南遣艦隊でマレー、蘭印、インド洋を回ったあと、連合艦隊司令部に居た。その後、第三艦隊に移りソロモン、インド洋、雄作戦を成功に導いた功労者だそうだ。俺もソロモンでは参謀の作戦で脱出して、無事に任務に励めている。あの人なら次も勝てる。少なくともマシな戦いが出来る。だから任務に励め」
「はあ」
水兵は判ったような判らないような答えを返した。
頼りない参謀の顔色に水兵は不安だった。
いくら多くの作戦に参加したと言っても周りがフォローしたからではないのか。
今のでツキが落ちているのではないかと思ってしまう。
何しろ自分の命が掛かっており、彼ら上層部の命令で自分たち水兵の命運が決まるのだ。
なのに、あんな生気の無い参謀では、生きて帰れるか不安だった。
だが、後に水兵は考えを改めことになる。
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