【短編小説部門】短編賞『鶴に殉ず』の感想

鶴に殉ず

作者 夢見里 龍

https://kakuyomu.jp/works/1177354054921394368


 五十五年に渡り豊穣が約束される鶴として育てられてきた鶴呤を護衛する鶫刹は彼女を愛し、鶴として飛び去った彼女を見送って殉ずる物語。


 第四回カクヨムweb小説短編賞2021において、

「短編賞を受賞した三作品はストーリー展開、キャラクター、文章力などが高いレベルでまとまり、小説として完成度が高く、なおかつコミカライズでさらに輝くポテンシャルを持っていました」

「短編特別賞の九作品はいずれも秀作で、わずかの工夫や見直しで短編賞を受賞した可能性がありました。作者の皆さまは力量十分ですので、次回にぜひ捲土重来を期してください。短編小説を書く方には参考になる作品ばかりなので、ご一読をおすすめします」

「コミックフラッパー奨励賞の一作品は短編小説としての完成度という点で他の受賞作と比較した場合、一歩足りないところはありますが、映像が情景として浮かびやすく、この物語を別の媒体で読みたいと思わせる作品でした」

「新設の実話・エッセイ・体験談部門では、七作品が短編特別賞に選ばれました。独自の経験、体験談を見事にアレンジし、読み手に届けることに成功した作品ばかりです。新しい知識が面白く得られる作品から、涙なしでは読めない感動の作品まで、幅広いラインナップとなっています。フィクションとはまた違った角度から、読む楽しみを味わわせてくれる作品ぞろいではありましたが、コミカライズという点では適さない部分もあり、惜しくも短編賞は該当なしとなりました」と総評されています。

「『鶴に殉ず』は、幻想的な世界観の中で、胸が締め付けられるような愛のかたちを耽美な文章で描いた作品」と評価されています。


 終わりの方で鶴呤ではなく鶴玲となっている。誤字かしらん。

 三人称で神視点と鶫刹視点で書かれていたら、もっと良かったかもしれないけれども作品は充分楽しめた。

 なにより、独特の世界観を書ききっているところに本作の良さと凄さがある。


 冒頭と終わりは三人称神視点的な文体であり、基本は主人公は鶫刹、一人称俺で書かれた文体。自分語りであり、情景描写がよく書けている。独特な表現に漢字を使っているので、それ以外のところで「なにかに」「こころは」「おもった」など意味がとおる漢字を開いて、作品全体の重さを軽減して読みやすくしている工夫がみられる。


 女性神話の中心軌道で書かれている。

 親をなくし、猟師の大爺に拾われ、喰うためだけに生きてきた鶫刹は十八歳のとき、満月の夜に泉で鶴の文様を背に持つ幼い少女、鶴呤を見かける。次の満月の夜、鶴の衛をしている男に襲われるところを目撃し、槍で突いて男を殺す。彼女に誰かと聞かれて「俺は虎だ」と答える。「衛が虎に喰われたから代わりにわたしの衛になって」と頼まれた鶫刹は、彼女の美しさに身が震え、鶴の衛となった。

 五年経ち、いよいよ最後の満月となった夜。

「遠いところにさらいたいといったら、ついてきてくださいますか」と告白するも、彼女は断る。「だっておまえは、鶴ではなくなったわたしのことは愛せないもの」「おまえが鶴ではないわたしを愛するなど、決して許さないわ。わたしではない他の鶴に惚れることも許さない」「憶えておいで、鶫刹」と彼女は言い残し、背中の文様の鶴となって月へと飛んでいく。

 彼女がいなければ自分ではいられないと胸に槍を突き立て、泉の水際で果てるのだった。


 本作の「鶴」とは、「邵の一族に脈々と受け継がれてきたしきたり」と説明されている。

「鶴は一族を取りまとめる宗家の姑娘から択ばれ」「鶴呤は齢五つのときに鶴となることがさだめられた」という。

「鶴は満月を映した浄瑞だけを吸って十年掛けて育ち、天に昇る」

 月光を浴びると背中に文様が拡がり、文様の鶴が育っていく。

 その際、「身のうちを焼かれるような激痛をともない、その晩からしばらくは熱にうなされる」「鶴は日を嫌うので、昼に出掛けることはおろか、暮れるまでは窓の側にも寄れない。鶴が育ちきるまで」死ぬものもいるという。

 なぜそうまでして鶴を生み出すのかといえば、「むこう五十五年に渡り豊穣が約束され天候の禍に見舞われることはない」と言われているかららしい。

 しかもこの儀式は「帝からも重んじられ、鶴を昇らせることができれば宗家の娘をひとり、側室に迎えてもらうことができる。そうなると一族には多額の財がまわってくる。辺縁の地にひっそりと隠れるように暮らすせいぜい三百あまりの一族にとっては、それだけがよすがのようなものだった」とあり、帝国と一族の安寧のために行われているのだ。


 なぜ鶴なのか。

 おそらく、中国の神仙思想に基づいた考えからと推測する。

 神仙思想以前、中国で鶴は君子や賢者にたとえられていた。

 草の生い茂る広い湿地帯の中に細く長い足で立つ白い鶴の姿は遠目にも際立って見えたことから、君子や賢者の比喩に結実したという。その後、野にある賢者から鶴は隠遁者の寓意を持つようにもなってから神仙思想と結びつき、仙家の霊鳥としての鶴が誕生する。

 さらに別の属性が加わる。

『古今注』という書物には「鶴千歳則變蒼、又二千歳則變黒、所謂玄鶴也(鶴千歳にして則ち蒼に變ず、又た二千歳にして則ち黒に變ず、所謂玄鶴なり)」あるいは『相鶴經』という書物にも「七年少變、十六年大變、百六十年變止、千六百年形定、……大壽不可量(七年にして少變し、十六年にして大變し、百六十年にして變止み、千六百年にして形定まる、……大壽なること量る可からず)」あり、鶴は長寿であるという概念が一般化したという。

 鶴の寿命については、動物園の飼育記録でも長くて六十年程度であり、千年には遠く及ばない。が、本作の一族も、この思想に影響を受けて、「鶴を生み出すとむこう五十五年に渡り豊穣が約束され天候の禍に見舞われることはない」というしきたりができたのかもしれない。

 でも、しきたりは五十五年の豊穣が約束されるといっているので、鶴の本来の寿命にも合致するため、現実的に思える。だから最後、鶴呤は鶴となって月へ飛んでいくのだろう。


 本作では、対表現がよく使われているのが特徴。

 冒頭の「あれは鶴でなければならなかった」や「さらさらと笹の葉が騒めく」表現もそうだし、しきたりから鶴となる鶴呤には、双子の妹の毘翼がいる。彼女はもうすぐ帝に仕えると話し、そんな妹のことを鶴呤は「一族の長の娘などなべて捧げものよ。鶴になるのも帝の側室になるのも然したる変わりがないのに。違うとおもうのが愚か。けれどもいわないであげるの。そのほうが幸せだもの」と言っている。

 妹は帝に、自分は神への供物と理解している。

 それはすべて、国と一族の安寧のためである。

 また、主人公の鶫刹は、鶴の衛の男を殺している。

 その男は、当時十歳の鶴呤を犯そうとしたと思われる。おそらくこの男は、鶴の美しさに魅了されて手を出したのだ。

 その男を手にかけて鶴の衛となった鶫刹もまた、鶴の美しさに魅了されて彼女を愛してしまい、最後は自分に槍を突き立てて自分を殺している。

 対にするのは、説明を省くことができるため。片方がわかれば、対になっているもう片方も自ずとわかるので、余計な説明を書かずにすむ利点がある。


 冬の晩に初めて鶫刹は鶴呤を見て、満月の度にこっそり泉に行くを暮春までくり返していた。

 半年くらい、こっそり見に行っていたのだろう。

 

「齢十。ひとまわりも幼い女孩のあしもとに額をすりつけて、降服する」とある。このとき鶫刹は十八なので、八歳違い。一回りとはどういうことかしらん。十歳差とか、あるいは十二歳差なら、ひとまわりという表現もわかるのだけれども。

 ということは本作の世界では、八年周期という考えが浸透しているかもしれない。

 今から二千年前の紀元前二〇〇年から二二〇年頃の前後漢時代に編幕された医学理論、鍼灸理論の書『黄帝内経』がある。

 黄帝とは伝説上の帝王であり、黄帝と岐伯、伯高以下六名の医師との問答形式で書かれている。臨床に重きを置いた「黄帝内経霊柩」と合わせて「黄帝内経」と呼ばれる。「陰陽五行説」「気」「経路」の概念で医学を説いた原典であり、東洋医学の思想や生活の仕方が説かれている。その中に「腎気」から見た体の年齢変化として、女性七歳から四十九歳までを七年周期で、男性は八歳から六十四歳までを八年周期で表したライフサイクルが記されている。

 なので主人公はこの八年周期の考えから、「ひとまわりも」といったと邪推する。

 鶴を生み出せば「むこう五十五年に渡り豊穣が約束され天候の禍に見舞われることはない」とあるので、八年周期の七回目である五十六年目で大きな変革が起きるから、だから五十五年は安泰、という考えが本作の世界にあるかもしれない。

 あるいは、五年周期かもしれない。

 五で区切った方が、五歳から鶴にするために満月の光を十年間浴びせるとか、五十五年に渡り豊穣が約束されるなど、しっくり来る。

 十五歳で鶴となり、のち五十五年は安泰だから、合計七十年。

 つまり、鶴になる人の残り寿命分、豊穣が約束されるという考えなのだろう。まさに、鶴になる人は供物である。

 

 別れ際、鶴呤は鶫刹に、「おとこであることを取り除いたおまえはおまえではないし」そもそも「わたしと逢わなかったおまえもおまえではない」「わたしは鶴よ。そう望まれ、わたしもまた鶴であろうと決めたのよ。ゆえにわたしほどの鶴はいないと知りなさい」「おまえが鶴ではないわたしを愛するなど、決して許さないわ。わたしではない他の鶴に惚れることも許さない」「憶えておいで、鶫刹」と言っている。

 ここでも対になっていて、鶴呤は鶴をやめれないし、彼女ほどの鶴は他にいないのだから、他の鶴に惚れることも許さない。鶫刹も男をやめれないし、彼ほどの男も他にいないのだから「私は他の男に惚れることもない」と彼女は鶫刹に答えたのである。

 つまり、彼女もまた、彼を愛していたのだ。

 ではいつ、彼女は彼を愛したのか。

 おそらく五年前、暮春の満月の夜に、衛の男に襲われそうになった所を彼に助けられたときだ。彼を新たな衛にしたのは、彼女にとっては、窮地を救ってくれた白馬の王子様的な存在だったのかもしれない。

 どうしてそういえるのか。

 彼女の部屋は「窓のない扎敷」であり、「最低限の家具と香炉、竹簡の他にはなにもない。おおよそ年頃の姑娘の房間ではなかった。鶴は望めばどんなものでもあたえられるのだが、彼女はなにも欲しがらなかった」という具合である。

 なぜ何も欲しがらなかったのかといえば、すでに欲しい物を手に入れているからに他ならない。

 欲しいものとはなにか。

 鶴である自分を愛してくれる、鶫刹だ。

 物心ついた五歳から鶴として育てられてきた彼女は、鶴以外の生き方を知らない。痛みに耐え、青い空を諦めて、鶴になる決意をした。鶴でなくなるのは死と同じ。だけど彼は、そんな鶴である自分を愛してくれた。

 彼女には、彼の気持ちがわかったに違いない。

 おそらく満月の夜のたびに、彼がこっそり泉に来るようになったのに気づいていたのだろう。

 だから彼を鶴の衛にさせて傍に置いたのだ。

 彼女にとってこの五年間は、決してつらい日々ではなかったはず。


 そもそも彼が仕える前、「これまでわたしにつかえてきたものはみな、ひととせも経たぬうちに死に絶えた」とある。

 一年も経たぬうちに死んだとは、どういうことだろう。

 衛の男が彼女を襲い、それを見ていた男が助け、助けた男が次の満月のときに彼女を襲い、それを見ていた別の男が助け……をくり返して、男たちが死んでいったということかしらん。

 鶫刹は、そんな男たちの一人だったのかもしれない。

 だけど彼は、これまでの男とは違ったのだ。


 愛してはいけない二人が互いに愛し、思いを告げて別れてしまう。

 供物として旅立った彼女に、自分の命を供物としてささげるために鶫刹は槍を自身に突き立てた。

「舞いあがることはできずとも、冴えわたる月の底に沈んでいけることが何故だか、とても、幸福だった」のは、恋は舞い上がるものだけれども愛は深く沈んでいけるものだし、月にいる彼女の元に行けるから。


 翌朝、泉を埋めつくすほどの鶴の羽根だけが残され「月よりも純白しろかったが、水際に打ち寄せられた羽根は血潮でも吸ったように紅かった」とある。

 破瓜の比喩かもしれない。

 ちなみに、「瓜」の字を縦に二分すると二つの八の字になるところから八の二倍で女性の十六歳のこと。十五、六歳の女子が初めて男性に接して処女を失うことでもある。

 鶴呤は十五歳であり、「最後の月は美しかった」という表現もあるので、十六になる前だったと推測。八年周期の考えも捨てきれない。

 これも二人の愛の形なのだろう。

 あるいは、今生で結ばれなかった二人は、来世で結ばれた証かもしれない。

 

 なぜ、鶴になった彼女が月に還っていくのか。

 鶴には長寿だけでなく、「仲が良いことの象徴の鳥」、鳴き声が共鳴して遠方まで届くことから「天に届く=天上界に通ずる鳥」など、尊ばれている。

 ここから、天に昇っていくのかもしれない。

 また、人間の出産や死も「満月」や「新月」に多いことは統計上明らかであり、女性の月経周期の平均は二十九・五日で月齢の一周期と同じ。人の身体は月の満ち欠けの影響を受けていると考えられ、女性は月に支配されているからではと推測してみる。

 そこから邪推すると、鶴呤の双子妹、毘翼は表であり陽を、鶴呤は裏であり陰を現している。

 二人で一人の少女と捉え、満月の夜を過ごして初潮をむかえる中、素敵な人に愛し愛される夢をみた。大人になるために無邪気でいることを諦め、鶴のように賢く生きようと決意した物語だったのかもしれない。


 うがった見方をするなら、アイドルやスポーツ選手を好きになったけど、アイドルや選手をやめたら興味が失せるとか、「結婚するに当たって仕事をやめてくれ」といわれて「仕事も私の一部。私の全てを愛していると言ったのに」と別れるとか、金持ちで都会に住んでる旦那から突然「田舎で農業をするからついてきてくれ」と言われ「金持ちで都会に住んでるあなたと結婚したのであって、田舎で農業するあなたと結婚したのではない」と言い返して別れるみたいな、そう取れなくもないけれども……そんな余計で邪推な見方をするより、素直に本作を味わう方がいい。


 実に素敵な作品でした。

 

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