【短編小説部門】短編賞『高校生女子、異世界で油圧ショベルになっていた。』の感想
高校生女子、異世界で油圧ショベルになっていた。
作者 くれは
https://kakuyomu.jp/works/16816927859387801177
異世界転生もので、油圧ショベルカーになった元女子高生が、行きずりに助けたラーシュに助けられる話。
第四回カクヨムweb小説短編賞2021において、
「短編賞を受賞した三作品はストーリー展開、キャラクター、文章力などが高いレベルでまとまり、小説として完成度が高く、なおかつコミカライズでさらに輝くポテンシャルを持っていました」
「短編特別賞の九作品はいずれも秀作で、わずかの工夫や見直しで短編賞を受賞した可能性がありました。作者の皆さまは力量十分ですので、次回にぜひ捲土重来を期してください。短編小説を書く方には参考になる作品ばかりなので、ご一読をおすすめします」
「コミックフラッパー奨励賞の一作品は短編小説としての完成度という点で他の受賞作と比較した場合、一歩足りないところはありますが、映像が情景として浮かびやすく、この物語を別の媒体で読みたいと思わせる作品でした」
「新設の実話・エッセイ・体験談部門では、七作品が短編特別賞に選ばれました。独自の経験、体験談を見事にアレンジし、読み手に届けることに成功した作品ばかりです。新しい知識が面白く得られる作品から、涙なしでは読めない感動の作品まで、幅広いラインナップとなっています。フィクションとはまた違った角度から、読む楽しみを味わわせてくれる作品ぞろいではありましたが、コミカライズという点では適さない部分もあり、惜しくも短編賞は該当なしとなりました」と総評されています。
『高校生女子、異世界で油圧ショベルになっていた。』はシュールな設定を存分に活かした、鮮やかなラブコメ作品でした」と評価されています。
ショベルカーの擬人化、というか異世界転生してショベルカーになってしまった元女子高生という発想がすばらしいだけでなく、ありえないことにありえないものを加えて恋愛物にまとめているところが面白い。
主人公はショベルカーになった元女子高生、一人称わたしで書かれた文体。自分語りの体験談。異世界に転生する以前や経緯などはなく、気づけば異世界にいてなぜか油圧ショベルカーになっていたところからはじまっている。前世の知識として、自分が高校生で、漫画を読んでいたことはもちろん、なぜか油圧ショベルカーの知識をそれなりに持っている。
ショベルカーの擬人化というより、ショベルカーに擬態化したと表現すればいいのかしらん。とにかくショベルカー(♀)と男性のラーシュとの戦記恋愛ものっぽいテイストで性行為が比喩的に書かれている。
女性神話の中心軌道で書かれており、元女子高生である主人公は、異世界転生して油圧ショベルカーになっており、しゃべることができなくなっている。ラーシュという男性が何者かに追われているのに巻き込まれつつも助け、洞窟へ逃げ込む。
追手の攻撃から傷ついた車体をいたわる彼に、元女子高生であったときの性格が現れていく。
不正の証拠を調べるという密命のために、領主のところに潜入していたと知り、日が暮れたら闇に紛れで出ていうという。それまでは体を休めるというので、冷たく硬い地面よりもと、ドアを開けて操縦席に彼を受け入れる。
もはや、ただの油圧ショベルカーではなくなった。
主人公は、彼が逃げるための時間稼ぎのために囮となって森をさまようも、窪みにはまって動けなくなったところに追手が迫る。もはやこれまでかというところに、ラーシュが仲間とともに現れて助けてくれた。
彼は故郷にある田舎の孤児院へ戻るといい、一緒に来てくれませんかと誘われ、ついていくことになる。
物語に嘘を入れていいのは一つだけ。
それ以上は茶番にみえてしまうからだ。
本作は、「女子高生が異世界転生したら油圧ショベルカーになっていた」という一つの嘘を使て書かれているところが、うまくいった点だと思われる。異世界転生してきたダンプカーやミキサー車などが次から次へと現れだしたら、おそらく滑稽になってしまう。
もし続けるなら、異世界転生して油圧ショベルカーになったのは彼女だけで展開していくといいと思う。
ベタにもっていくなら、ショベルカーになったのは呪いのせいにして、呪いを解いたら人間になってめでたしめでたしかしらん。
「鳥のさえずりが聞こえる。風に揺れる葉擦れの音も。どこかでせせらぎのような音もする」と聞こえてくる音からはじまって、目を覚ます。そのあと、「わたしはどうやら森の中、土の上に立っているらしい。でも足の裏に伝わる土の感触がおかしい──いや、おかしいのはわたしの足の裏? それに体が硬い気がする」
次々と、おかしな状況に自分があることに気づいていく。
小出しにするより一気に出していくテンポが実にいい。
かといって、一杯出しすぎない。
表現は三つを原則にし、守っている。
気になったのは、森の中に立っているらしいのだけれども、油圧ショベルカーになった主人公の目はどこにあるのだろう。
象みたいで、ショベル部分が鼻で、運転席が目がある高さになるのだろうか。それともキリンみたいに、バケットが頭部になっているのか。おそらく、前者ではないかと思われる。のちに攻撃を受けてバケットが傷ついていくので、バケットに目があると見えなくなるから。
視点が操縦席とすると、あきらかに元女子高生よりも高く二、三メートルはあると推定される。それくらいなら、木の上が見えることもないので、森の中で立っている、と感じられたのだ。
「違和感に体を揺らすと『うわっ』と声が聞こえた」とある。
しゃべれるじゃないか、と思うんだけれどもあとで、「いや、意味わかんないから‼ わたしの叫びはホーンの音になって山の中を響き渡った」とあるので、主人公は喋ってるつもりでも、声に出るのはホーンなのだ。
「誰かがわたしのバケット……の脇に立っている。待って、バケットって何」「混乱して、わたしはアーム……を伸ばす。その先に土を掻くためのバケットが付いている。体を震わせると、シュー……──つまりキャタピラの部分がカタカタと震えて、地面の土をわずかに削った」という具合に、ショベルカー用語が次々と出てくる。
だからといって、本人にその知識があったというより、初めてプリキュアに変身して名乗り口上をつらつらと口から勝手に出てくるみたいな、異世界転生補正がなされていると思われる。
異世界転生して、ラーシュや追手の男たちが何を話しているのか理解できている。これも補正されているのだろう。この辺りは、異世界転生もののお約束なのでしょう。
「ガソリンはどうなっているんだろうと思ったけど、走れている間は考えないことにした」本当にどうなっているのだろう。このあと、夜通し囮として逃げ回るので、エンストしてもおかしくないのにその様子はない。これも異世界転生ものとしてのお約束、魔法みたいな力が働いているのかもしれない。
森の中を走り、小川をさかのぼっていく。
「車体の幅より少し広い小川の中を進」み、「途中、何度か小川から上がってわざと轍を残してはまた小川に戻る。そうやって何度目か、今度はせっかく遡ってきた小川を少し戻ってから砂利の岸辺に上がる。細かな石がシューの隙間に入って気にはなったけど、その人の言うままにわたしは進んだ」とある。
行ったり来たりしているのは、キャタピラの痕跡がなるべく残らないようにするため。追手を警戒してのことだろう。
これをしたから、洞窟へ逃げ込んだあと、日が暮れるまで見つからずに済んだのだ。
主人公とライトでなんとか意思疎通を図ってきたので、「あなたがどういう人……人? 人なのか? 動物? そもそも生き物なのか?」「ええと、ともかく! どういう理由であの場所にいたかは存じませんし、どういうつもりで俺を助けてくれたのかもわかりませんが、俺が今無事なのはあなたのお陰です。俺は何も……今は言葉しか返せませんが」とラーシュから礼を言われる。
ラーシュが戸惑うのも無理はない。
主人公も「ラーシュさんにとってわたしは行きずりの油圧ショベル。言葉も話せない、生き物かもわからない謎の相手。ぬいぐるみ相手に話しているようなものなのかもしれない」と思い、「相槌のために時々バケットを小さく揺らしながら、ラーシュさんの話を聞いていた」のだ。
この辺りが、人間らしい。
主人公はラーシュに「物憂げな微笑みを浮かべ」られつつ「優しく撫で」られる。ラーシュの手の感覚が「硬くて骨ばった手」だけども「柔らかくて暖か」くて、だから「抵抗できずに、その手を受け入れてしまった」とある。この流れから、「ラーシュさんはやっぱり良い人だと思う。こんな、油圧ショベルなんてわけのわからない状態になったわたしにも礼儀正しいし、優しい。わたしを人として扱ってくれる。わたしもラーシュさんに何か返したい」となり、やがて地べたに寝るのは不憫に思い、操縦席のドアを開けて彼を受け入れていく。
「ぎしり、とラーシュさんの体重で操縦席のシートが軋む音がしたラーシュさんがわたしの中に入ってくる。その重さを体に感じて、わたしは車体を震わせた」「その手の熱にホーンが鳴りそうになる。今は身を潜めているのだから音を出しては駄目、と必死に堪える。音を出せないせいで、熱が車体の中に篭って逃せないような気がした」「ラーシュさんの泥で汚れたままの頬がシートのヘッドレストに押し当てられる。ラーシュさんの体温と吐息の熱さをシートに感じた」と、主人公の中に入ってきたラーシュについて、どう感じたかが赤裸々に書かれていく。
そして「あなたの中は、温かい……」とラーシュはつぶやいて、「はっとしたように、その手で自分の口を覆った。戸惑いを映すように頬が赤い。苦しげに眉が寄せ」「すみません、俺、何を言ってるんだ……。全部、忘れてくれて良いですから」などと言われてる。
主人公はそれを聞いて、「抱き締めて直接温めることはできない。言葉を返すこともできない。初めて感じるこの苦しさをどうすることもできない。ただ、ラーシュさんの体の重みをシートに受け止めていた」「忘れるなんて無理だ。だって、わたし、初乗車だったのに」と、主人公の初体験を語っている。
これらは意図的に表現されている。
エロい話にするためというよりは、現在油圧ショベルカーになっている主人公が元女子高生だったということを示すための表現の方が強いのだろう。
ひょっとしたら前世では、ペンが攻めならキャップの蓋が受け、みたいなカップリングばかりに興じて恋も知らなければ未経験だったであろう主人公の、本来持っている人間の部分が顕になったシーンなのだ。
その後、逃げてもいいと言われたけれど、行く宛もないし、彼を受け入れたことで情が湧き、「わたしがラーシュさんを追ってきている人たちを足止めできれば、ラーシュさんはきっと逃げやすくなるんじゃないかって」と考えて行動に移していく。
なので、彼が受け入れる場面は今後の展開には重要なシーンだったのだ。
疑問があるとすれば、主人公の油圧ショベルカーのサイズが今ひとつわからないところ。バケットにラーシュを入れて運んでいたことから、大型油圧ショベルカーだと推測される。
でもサイズは小川の川幅ぐらいらしい。小川のサイズが今ひとつわからないので、どれほどの大きさなのだろう。
キャタピラだから悪路走行は可能といっても限度がある。
車体が大きすぎると、方向転換は難しい。障害物が多く平地の少ない森の中ならなおさらだ。傾斜が十度以上あれば、ショベルカーといえども転倒してしまう。
「シューを回転させるけど足元の落ち葉が絡んで虚しく空回りして逆に落ちてゆく。落ち葉で見えなかったけどその下は平らじゃなかったらしい。わたしの体は窪みに落ちてしまった」とある。
どうやら、平らな森の中を走行していたらしい。森の中に平らなところがどれほどあるのかしらん。
ラーシュとともに現れた鎧の人たちが、「それ、生き物なのか?」とたずねている。最もな質問だとおもわれる。これに対してラーシュは「意思疎通ができるので」と答えている。つまり、彼はショベルカーを生き物だと認識しているのだ。
実際、元生き物だったし、現在も意思があるので間違いではないかもしれないけれども、鎧の人たちが変な顔をする気持ちもわかる。
「可愛いんですよ、それにとても健気で」
農作業を手伝ってくれる馬とか牛みたいに、ラーシュは思っているかもしれない。
主人公が照れたりするのはわかる。
気になるのは、ラーシュが操縦席シートに座って、「もし、あなたが良ければですけど、俺と一緒に来てくれませんか?」と少し頬を染めて、優しく微笑んでいる点だ。
家畜やペットに接するとは違った目で、主人公を見ているのが読み取れる。
他人から見たら、ラーシュは変な人と映っているに違いない。
彼にしてみたら、得体のしれないものが窮地を助けてくれたのだ。
もはや通常の生物というより、神様みたいな存在として主人公を見ているかもしれない。かといって、この世界が信仰している神の姿と似ても似つかないだろうから、悪意のない異形の物として接しているのではないかしらん。
だから、彼の信仰と敬意の証として、「ヘッドレストに口付けを」したのだと推測する。
ヘッドレストとは、シートの上部にセットされた頭をもたれさせるパーツ。
座席を人に見立てると、ヘッドレストは頭部。
彼にすれば、主人公とキスしている心持ちかもしれない。
この後、彼と一台は彼の田舎にある孤児院へ行き、主人公は農地開発やインフラ整備に一役買いながらラーシュと楽しく過ごしていくことになるのかどうかは、読者の想像に委ねられている。
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