【短編小説部門】短編特別賞『蒼い魚の星座』の感想

蒼い魚の星座

作者 片瀬智子

https://kakuyomu.jp/works/16816700426498345559


 いとこの彩世のことが好きだった蒼は彼女をかばい、黙したまま夜空の星になった物語。


 第四回カクヨムweb小説短編賞2021において、

「短編賞を受賞した三作品はストーリー展開、キャラクター、文章力などが高いレベルでまとまり、小説として完成度が高く、なおかつコミカライズでさらに輝くポテンシャルを持っていました」

「短編特別賞の九作品はいずれも秀作で、わずかの工夫や見直しで短編賞を受賞した可能性がありました。作者の皆さまは力量十分ですので、次回にぜひ捲土重来を期してください。短編小説を書く方には参考になる作品ばかりなので、ご一読をおすすめします」

「コミックフラッパー奨励賞の一作品は短編小説としての完成度という点で他の受賞作と比較した場合、一歩足りないところはありますが、映像が情景として浮かびやすく、この物語を別の媒体で読みたいと思わせる作品でした」

「新設の実話・エッセイ・体験談部門では、七作品が短編特別賞に選ばれました。独自の経験、体験談を見事にアレンジし、読み手に届けることに成功した作品ばかりです。新しい知識が面白く得られる作品から、涙なしでは読めない感動の作品まで、幅広いラインナップとなっています。フィクションとはまた違った角度から、読む楽しみを味わわせてくれる作品ぞろいではありましたが、コミカライズという点では適さない部分もあり、惜しくも短編賞は該当なしとなりました」と総評されています。


 三人称、彩世視点で書くともっと良くなる気がするけれど、本作のままでも充分味わえる。


 主人公は伊藤彩世、一人称私で書かれた文体。全四話とエピローグがある。回想からはじまり、自分語りの体験談という体で書かれている。会話には大分県の方言がみられ、最後は三人称で彩世の母の姉である藤方優希視点で書かれている。


 一話は本作の前半であり男性神話の中心軌道で、二話以降の後半は女性神話の中心軌道で書かれている。

 前半。

 九州の大分県にある小さな漁村に住んでいた主人公伊藤彩世は、高校二年生になった四月、父の転勤で東京へ引っ越した。が、田舎者コンプレックスと赤面症から学校に馴染めず不登校となり、高二の夏から大分の伯母の家で生活しながら高校へ通う。

 東京の大学に行きたいと勉強し、都内にあるまあまあの大学へ進学。いとこの藤方蒼も同じ大学に入学することとなった。親は喜ぶもさらなる転勤で一緒には暮らせなかった。が、ワンルームで一人暮らしする主人公の隣の部屋が蒼ということで、彼女の両親は安心する。

 大学三年生の初夏、女好きで派手な同大学四年の先輩に主人公が絡まれたために蒼が暴力沙汰を起こし、大学を去る。彼には鈴井美月という恋人がいたが、大分の実家に戻るとともに別れる。

 彩世は独自の才能を発揮してがんばり大学卒業から二年後、二十四歳になった彩世は横浜の百貨店に務めている。


 後半。

 蒼が暴力沙汰を起こして大学をやめた一件、実は先に声をかけたのは先輩ではなく彩世からだったことを隠してきた。

 盆休みがとれて両親と帰省した際、母からタトゥー入れて帰ってきた蒼は家業の寿司屋を継がず、現在バーで働いている。しかもあれ以来、彼の父親と不仲で口も聞いていないという。タトゥーには魚座と一番星があり、彩世の星座だといい出す母。実際は、魚座でなく水瓶座。それでも母は、「蒼ちゃん、子供の頃ずっと彩世のこと好きやったんよ。ふたり仲良かったし。それに……いとこは結婚出来るんで」と、遠回しに促してくる。

 高校のときの同級生で女好き彼女がいる三木から電話の後、不思議な勘が働く鈴井美月から電話がかかり、真面目にやっているか確認の電話といいながら「あの日、蒼くんから言われたの……彩世のことを頼むって。蒼くんが気にかけてるのはいつでも彩世のことなんだよ」と言われる。

 蒼とくっつけようとする話をきいたあと、お盆恒例の親戚の集まりに主席。蒼の姉・優希の子供である小学三年生の来実と夏実、そして五歳の弟、和海といっしょに仏壇に手を合わせる。

「死んだらどうなるの?」と質問する和海に「和海、死んだら、灰や!」と、酒を飲んで赤ら顔の優希の父が答える。怒る優希に、優希の母から和海は幽霊が見える話が出てくる。

 そこに「人は死んだらな、和海。夜空の星になるんで」と蒼が現れる。険悪なムードになるなか、双子がジュース飲みたいといいだし、彩世と蒼はジュースを買いに子供達とコンビニへ出かけていく。

 コンビニに行く途中、入り江に立ちより、彩世は蒼と海や星、タトゥーのことを話す。トラブルに巻き込まれた自分を庇って怪我をした腕の傷を隠すためにタトゥー入れたと話すよう促すと、彼は腕に彫った一等星の話をする。

 彩世は彼が目がいいことを思い出し、絡まれていたのではなく彩世から声をかけていたことを彼は知っていて、自分をかばっていることに気づく。謝る彩世に、もう忘れろという蒼。

 そんなとき来実が海に流される。蒼と彩世は助けに行く。

 実家にいる和海は優希に、どうして祖父母の写真の隣に蒼の写真があるのかと尋ねるのだった。


 会話に方言が出てくるので、世界観に現実味を与えてくれる。

 なにより、九州の友だちと話していたころを思い出させてくれる。

 読み終えて一話冒頭を読み直すと、主人公が感じた郷愁の念を読者も味わえる構成となっている。


 書き出しがいい。

「人は誰でも原風景と呼ばれる、せつなくて愛おしい心の居場所を持っている」

 年齢を重ねれば重ねるほど、否定する者はいないだろう。

 多くの読者が認識できる話題からはじまって、主人公の原風景について語られていき、「昔、一緒に遊んであげてた双子の姪はいつの間にか綺麗になってたよ」と、脳裏に浮かんだ「あの夏の蒼」に語りかけると、眩しそうな笑顔を見えて、回想がはじまる。

 広い入口から徐々に狭めていき、水の流れのように読者を物語と誘っていくところが良い。

 また、回想の書き方もいい。

 まず「九州、大分県」場所を提示し、地図から画面が切り替わって、「海岸沿いを南下すると小さな漁村がある。海を背にした山の斜面には沿う様にポツポツと家が見える。夏の太陽が照りつければ、まるで異国から届いた絵葉書の田舎町みたい」カメラを流し映しながら、どんな漁村なのか見せてから「風景に溶け込むように麦わら帽子の子供が小径を駆けていく」カメラをクローズアップしていく。

 全体から徐々に狭めていく映像の手法のごとく描けている。おかげで読者は物語の世界へと入りやすい。

「……前ここで、水難事故があったんや。溺れた友達を助けようとした人が亡くなってな。幽霊に引っ張られて力尽きた。海は神の領域やけん、何が起こるかわからん」

 幼い蒼が彩世に語っていることは、物語の結末。

 彼がここで語っている。実際に幽霊に引っ張られたかどうかはともかく、冒頭近くで幽霊というキーワードを出すことで、後半に出てくる「幽霊が見える」和海というキャラも出しやすい。


 お盆に親戚が集まることに、主人公は「賑やかで気取りがなくて、居心地がいい。久しぶりに心から笑えたと感じる。ちゃんと呼吸が出来て、上手に生きてるとさえ思えた。帰りたくない」と感じている。

 子供のときに楽しかった体験をしてるからこそ、転勤で東京の高校に馴染めず一年半ご厄介になることができたのだ。

 この期間、蒼との関係が書かれていない。

 あるのは、「蒼も同じ大学へ入学することになった」「彼ならもっとレベルの高いところを目指せたのに。理由はわからなかった」「蒼はあまり自分の話をしないし、昔から本心は誰にも探さぐられない場所へ隠し込む」「蒼と一緒なのは、都合のいいことも悪いこともあった」ということぐらい。

 これらから当時の彩世は、蒼に好意的なものはなかったと思われる。引きこもりをしたくらいなので、心を閉ざしていて、自分のことでいっぱいいっぱいになっていたのだろう。なので周囲が見えておらず、蒼が彼女が好きだったのにも気づいていないのだ。

 

 蒼と隣同士のワンルームに住む主人公。

「子供の頃から空手で鍛えたしなやかな肉体と精神は、時々年齢不詳の威厳さえ感じる」とある。

 蒼は空手の有段者なのだ。

 ここでさらりと説明してるから、後に暴力沙汰となったとき、相手の先輩の鼻の骨を折る怪我を負わせた裏付けになる。

 素人が殴ったくらいでは、よほど当たりどころが悪いか運がわるくないかぎり、骨を折るのは難しい。

 そもそも、そんな人が素人相手に暴力を振るえば、怪我するのは必定。海外なら、凶器を持って行った犯罪と見なされ重罰になる。

 しかも、相手の鼻の骨を折れば逆上して反撃されるくらい蒼だってわかったはずなのに。

 のちに、声をかけたのは彩世からだったことが明かされ、しかも目のいい蒼はそれを目撃していた。

 つまり蒼が先輩に手を出したのは、自分が好きな彩世が、女好きの大学の先輩に声をかけてイチャイチャするのをみてられなくて、感情的になって殴ったのかもしれない。

 主人公は蒼のことを、「もう少し人当たりをよくすること、私に対して細かく言わないこと」と思っていたが、「本人には言えないけど」と締めくくられているので、蒼には伝えていないのだ。

 幼い頃から彼女が好きな彼としては、知らない人たちと付き合ってほしくないし、付き合ってトラブルに巻き込まれでもしたら彼女の両親も心配するだろうから、あれこれ口を出していたのだろう。

 かつて田舎丸出しで都会に馴染めず引きこもった高校時代と比べたら、積極的になったと主人公を褒めるところかもしれない。


 でも蒼には当時、鈴井美月という恋人がいた。彼女が彼のことを好きになってみたいだ。

 彩世の親友だから、彼は付き合っていたのかもしれない。

 とにかく彼は、いつも主人公のことを大事に思っているのだ。


「蒼ちゃんはモテるやろ」からはじまる母とのやり取り、かかってくる電話の三木と美月は、疎遠になっていた蒼との距離を縮めるために登場する。

 ここはメロドラマと同じ中心軌道で、主人公だけでは物語が進まないので、障害を克服するためのサブキャラが登場し、クリアするごとに退場しては、主人公が成長し、前に進むようになっている。


「肉まんにお醤油つけるのは西の文化なんよ。これは横浜中華街のやけん、いらん。他県よその肉まんはお醤油かけないの」「東京の人になったんかと思ったら、真剣大分弁やん」「大分に帰ったら一瞬で切り替われるんよ。方言混ざるけど。しかも東京じゃなくて横浜だから。みんな東京っち言う」これらの、地方あるあるネタが方言でさしこまれることによって、作品に現実味を与えている。 

 これらの表現も物語を進ませるためのもので、神奈川から大分の地元に物理的に帰ってきて、懐かしい同級生と話して気持ちを過去へと運び、美月から「蒼くんに会ったら、きちんと謝ってお礼言うんだよ。お別れの日も彩世、空港に来なかったから」「あの日、蒼くんから言われたの……彩世のことを頼むって。蒼くんが気にかけてるのはいつでも彩世のことなんだよ」と、気持ちを蒼に向けさせている。

 これらの運び方が実にうまい。


 蒼の両親、蒼の姉や三人の子供達が登場してくる。

 彼らもまた、メロドラマと同じ中心軌道で、蒼と主人公、もしくは共通してクリアしなければならない障害に対して、克服できるためのサブキャラとして出てくる。両親や姉によって二人が再会したから、彼らは離れていき、双子といっしょにいるのは、二人だけでは物語が前に進まないから。

 なぜ双子と一緒なのかといえば、二人の気持ちを幼少期に向けさせるため。子供が一人ではなく、二人なのも、蒼と彩世二人のため。

 だから、かつては自販機が二台あった場所にがコンビニとなっているという説明が出てくるし、ジュースを買いに行く前に思い出の場所である入り江に向かう。向かわせたのは、双子なのだ。

  

 入り江についたとき、幼い子どもの頃の状態になっている。

 さらに昔話である星の話をし、タトゥーの話をし、本音を語りながら、彼が気づいていたことにたどり着けたのだ。

 悪かったのは先輩でもなければ、怪我して退学した蒼でもなく、主人公である自分だったのだ。にもかかわらず、自分は大学生活を楽しんで就職して百貨店で働いて、みんなからも心配してもらってのうのうと生きている。

 しかも、先に声をかけたのは自分だと知っているのは彩世自身。

 にもかかわらずそれを隠し、知らないふりをして、忘れて、蒼のことも忘れて今日まで生きてきたのだ。

 そんな自分を恥じ入って、「蒼に、ひどい怪我させてしまった」「ごめん……な……さい」と謝るのだ。

 蒼は、彼女を許す。何処までも彼は、彼女を大切に思っているのだ。普通なら、めでたしめでたしで終わるところ、アクシデントが起きる。

 海に攫われた子を助けに向かい、彩世も溺れかける。

 蒼が子供と彼女を助ける。でも、エピローグから霊感のある和海の言葉から、蒼は蒼は助からないと示唆されて終わるのだ。


 南魚座は、水瓶座と繋がった星座。 星座絵には水瓶から流れる水を口で受け止める魚の姿で描かれている。 秋の夜空でただひとつの一等星、フォーマルハウトをα星に持つ星座で、 見つけやすい。

 魚座も水瓶座と同じで、古代メソポタミア文明に由来する星座と考えられており、はっきりしたギリシア神話がないという。しかし、一般的には南魚座も魚座と同じく、女神アフロディテの化身とされている。

 神々がナイル川沿いで宴会を開いていた。このとき、怪物の中の怪物チュポーンが現れて、オリュンポスの神々はナイル川に飛び込んだ。アフロディーテとその子エロースも飛び込み、離ればなれにならないよう、互いを紐で結びました。その姿が、星座になったという。

 他にも、アフロディーテとその子エロースがユーフラテス川のそばを歩いていたところ、突然、怪物テュポーンが現れる。驚いた二人はニンフに助けを求めて川に飛び込み、二匹の魚が二人を背負って避難させた。

 また、ある神話では女神たちが魚になって逃げたともある。

 海で溺れる展開は、この神話をモチーフにしているのかもしれない。蒼は二人を助け、星になったのだ。


 また北斗七星の柄から二番目星、ミザール。

 その傍らに光るのがアルコル。

 これは、漫画『北斗の拳』でこの星が見えた人は死期が近いという「死兆星」のことではないかしらん。そうか、だから蒼は死んでしまうのか……と邪推した。

 別に見えたからといって死ぬことはなく、古代アラビアでは兵士の視力検査に使われたという。


 どんでん返しや意外性があって、読者の気持ちを揺さぶるのがうまいと感じた。

 作品の出来は素晴らしい。

 ただ、読後は暗い影を落としたように終わるので寂しい。

 一般論として、万人が読んで「いい作品だった」と思うためには、ラストは明るく終わったほうがいいのかもしれない。

 主人公が蒼をいとことしかみていないので、どうしてもこの終わり方に落ち着くのだと思われる。

 彼を救うためには、海で溺れた彼を主人公が助け、なおかつ父親とのわだかまりも解消させて寿司屋を継がせるなど、かかあ天下っぷりを発揮しないと難しい気がする。が、そんなことをすれば、本作が崩れてしまいかねないので、この形のままで味わうのが一番だと思う。

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