【短編小説部門】短編特別賞『売れない地下アイドルの私ですが、唯一のファンが神様でした』の感想

売れない地下アイドルの私ですが、唯一のファンが神様でした

作者 長埜 恵

https://kakuyomu.jp/works/16816927859901956201


 別のアイドルと間違われて殺されてしまった売れない地下アイドル東山えむるは、熱烈なファンの神様がマネージャーとして企画した天界ツアーをしていく物語。


 第四回カクヨムweb小説短編賞2021において、

「短編賞を受賞した三作品はストーリー展開、キャラクター、文章力などが高いレベルでまとまり、小説として完成度が高く、なおかつコミカライズでさらに輝くポテンシャルを持っていました」

「短編特別賞の九作品はいずれも秀作で、わずかの工夫や見直しで短編賞を受賞した可能性がありました。作者の皆さまは力量十分ですので、次回にぜひ捲土重来を期してください。短編小説を書く方には参考になる作品ばかりなので、ご一読をおすすめします」

「コミックフラッパー奨励賞の一作品は短編小説としての完成度という点で他の受賞作と比較した場合、一歩足りないところはありますが、映像が情景として浮かびやすく、この物語を別の媒体で読みたいと思わせる作品でした」

「新設の実話・エッセイ・体験談部門では、七作品が短編特別賞に選ばれました。独自の経験、体験談を見事にアレンジし、読み手に届けることに成功した作品ばかりです。新しい知識が面白く得られる作品から、涙なしでは読めない感動の作品まで、幅広いラインナップとなっています。フィクションとはまた違った角度から、読む楽しみを味わわせてくれる作品ぞろいではありましたが、コミカライズという点では適さない部分もあり、惜しくも短編賞は該当なしとなりました」と総評されています。


 神様が地下アイドルの目立たない子を推していて、死んで出会うというありえない設定が、コメディーコントのよう。

 着眼点と発想、組み合わせの妙が素晴らしい。

 登場する神様のぶっとんだ行動は現代的で、人智を超えた存在としてかなり過激。

 だけれども、神は荒ぶる一面も持っているものなので、そんな神様の姿がユーモラスに書かれている。

 えむりんの、裏表なく真っ直ぐなところがいい。

 こういう性格の子だからこそ尊く、神様に神呼ばわりされてしまうのだろう。


 主人公は『もちもち☆ふぇすTバル』の“えむりん”として地下アイドルとして活動する東山えむる、一人称私で書かれた自分語りな文体。描写は少なく、会話劇で進む。主な登場人物は、えむりんと自称ファンと語る神様の二人しかいない。他は、間違えて突き落としたどこかの地下アイドル一人。

 

 本作は、男性神話の中心軌道で書かれている。

 いつかはテレビ越しにたくさんの人を夢中にさせるアイドルを目指して頑張る地下アイドルグループの隅っこで踊るうだつの上がらない女の子である主人公えむりんは、ダンスと歌は人一倍練習している自信はあるけど、不思議と華やかさがついてこない。

 ある日、別の子と間違えられて突き落とされて死んでしまった主人王は、自分のファンと名乗る神様と対面。

 神様の布教活動により天界でトップアイドルとなっていたえむりんは、自主ファンとマネージャーの神様が企画した単独えむりん追悼天界ツアーに出かけていくのだった。


 また、神様は女性神話の中心軌道で書かれている。

 えむりんファンである神様は、死んでしまったことを知ってショックを受け、敏腕マネージャーのごとく手腕であっという間にえむりん追悼天界ツアーを企画したところ、えむりん本人と対面して感激する。

 大好きなえむりんを殺してしまった世界のクズどもを全滅させるべく『ノアの方舟セカンド』を指導しようとするも、えむりんに止められる。

 神様はえむりんを救うべく、企画した単独ツアーにファン兼マネージャーとして彼女とともに活動していく。


 主人公は、目の前のお客さんを熱狂させたい、いつかテレビ越しに、たくさんの人を夢中にさせたいという思いから、人一番ダンスと歌を練習しているのに、出るオーディション出るオーディション、片っ端から落ちまくり、固定ファンだと思ってた人も、後からきた新人ちゃんに持っていかれる。終いには、人違いで妬まれて突き落とされて死んでしまうという、不遇な人生を送った。

 呪いか貧乏神にでも取り憑かれているのかと疑うほどの、不幸キャラである。

 死んだら目の前に、後光のさした神様が現れ、自称ファンだと言ってライブや動画配信も見たり、お布施も払い、ラジオも聞いてえむりんの気持ちを組んで控えめにCDを二十枚買い、初ステージのペンライトも保管用込みで購入し大事につかっているという筋金入りのえむりん推しのファンだった。

 三日前に発売された新曲『南のとろぴかるっ!? 水着でまーち!』もしっかり購入して聞いているという。

 しかも追天界ツアーを企画し、前売り券も完売。特典となっていたえむりん特別ステッカーが現在天界で破格の高騰を見せるほどの熱狂ぶり。すえに天界ではトップアイドルの地位になっている。

 

 そもそも、天界にお金の概念があるのが不思議なのだけれども、それをいい出したら、ライブや動画配信はどうやって見たのか、CDをどうやって購入して聞いたのかしらん……と、気になりだしたらきりがない。

 そこは神様だから、できないことはないのかもしれない。

 できないことがないのなら、生前彼女をトップアイドルにすることもできたはずなのに、それをしなかった。

 おそらく「以前ラジオでえむりんがファンに負担をかけてまで一位になりたくない」とCDをたくさん買って欲しいとは頼まなかったことに由来すると思われる。

 ファンである神様の力を借りて、トップアイドルになったとしても喜ばないと神様は思ったから、神様なりの控えめの応援をしてきたと思われる。

 同じ理由から、突き落とされて死んでしまっても、生き返らそうとしなかったのだろう。それ以前に、「かってに生き返らせてはいけない」みたいな天界ルールがあったかもしれない。


 自分が好きなアイドルが突然目の前に現れたなら、神様でも驚くのだ。神様にとって、えむりんが神なのだ。神の地位が逆転してしまっている。

「勝手と分かっていながら、我は推しに我の理想を抱くことをやめられなかった。えむりんには、犯罪やスキャンダルとは無縁のキラキラした場所にいてほしい……そう思い続けていたのです」「お会いしたえむりんは、私の理想としたえむりんそのものでした! 努力家で、ファンのことを一番に考えてくれて、どんな時にも一生懸命で……! 私が理想としたアイドルの全てを詰め込んだようなアイドル! それがえむりんだったのです!」

 ファンとは身勝手なもので、神格化した自分の理想を相手に押し付けることはママあるという。アイドルも人間なので、みんながみていないところでは、幻滅するような態度や言動を取ることもあるのはファンなら理解しているけれども、それでもそんな姿は見たくないし、そうであってほしくないと思ってしまう。それはもう仕方のないことなんだけれども、えむりんはちがったのだ。

 神様に「私が理想としたアイドルをすべて詰め込んだアイドル」と言わしめるほどの真っ直ぐで純粋なアイドル、それがえむりんだった。

 まさに神。

 神のいなくなった地上など「愚鈍蒙昧なる二足歩行の巣箱」であって「えむりんを追い出したあの世界の屑どもは全員滅殺」と神様が思っても仕方ない。

 それを「あの世界には私を育ててくれたお父さんやお母さん、応援してくれた友達だっています。何より、あなたのようなファンの人だって生きているんです」だから止めてとえむりんにいわれたら、止めざる得ない。

 それに「私、あなたが手を汚すことだって嫌なんです」「殺されてよかったとは思わないけど、死んじゃったからこそあなたとこうやって話すこともできました。私、あなたが応援してくれてるって知れて嬉しかった。あなたがいると知れて、本当に良かったと思ってるんです」とお願いされたらもう、泣き崩れて止めるに決まっている。

 裏表なく純粋に「あなたが」と神様を慮ってお願いするえむりんの一途で真っ直ぐな性格だから、神様も胸を打たれるのだろう。


 本作のあの世では、「生前の罪の重さを測った上で、該当する生命の泉にご自身の魂を溶か」して様々な形を与えて転生させるらしい。だが、えむりんの魂はあまりに尊くて、「泉自体が蒸発しかねない」という。

 もちろん、神様がそう思っているだけみたいだけれども、仮にも神様なので、嘘はないと思われる。

 そこで単独天界ツアーを企画する。

 神様の完全なる趣味であり、すでに布教活動もされていて、天界にいる多くの神様がえむりんのファンになっている模様。

 天界には娯楽がないのかもしれない。

 俗世とは違うので、娯楽などない浄化された世界のはず。

 神様が布教活動などをしたら、俗世同様、欲にみまみれた世界となってしまっているのではないかしらん。

 とはいえ、生命の泉に混ぜることもできないのなら、天界でツアー活動をする神としての存在になるしか、えむりんの今後の生き方(?)はないと思われる。

 

 気になるのは、この先ツアーを続けていくにしても新たな新曲が歌えないし出せない点。その場合はどうしていくのだろう。動画配信などをみて、他の子達が歌っている曲のカバーでもしていくのだろうか。

 天界ツアーの順延と再演をくり返し、神様が飽きたら、転生できるやもしれない。

 それまで、えむりんはファンの神様たちのために決めポーズをしてみせ、歌って踊り続けることだろう。


 

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