第六十話
「血の繋がらない妹じゃない?」
「そう。繋がってるんだ。本当はね。でもその事を妹は知らない」
「ふうん。そっか。安心した」
「え?」
「だって、写真見た感じ可愛いじゃん。血の繋がらない可愛い妹と一緒に住んでるなんて、ちょっとやだなって思ってたよ?」
「そうなの?」
「そうだよ。嫉妬深いんだから女は」
「女、じゃなくて、友香がじゃないの?」
「そうかもね。だって、東京からN県って遠いよ? 会えないよ? 大学って出会いがいっぱいだよ? いくら電話で話せてても、ビデオ通話で顔が見れても、寂しいよ? 見れない時、何してるのかって思っちゃうよ? 弘樹は思わないの?」
「思う……よな。うん、俺もそう思うよ」
「その一瞬の間はなんなんだ! こら弘樹、今の間、なんだったの?」
「そんな変な間じゃないって。真面目に学校行ってバイトしてて、それって結構毎日普通に過ぎてくだけだって」
「もう! 浮気したら許すまじ! 小手打ち百本の刑に処すぞ!」
「するわけないし!」
夏休みに帰省したあの日の夜。母さんの車を借りて、友香と久しぶりに再会した。二人だけで、街が見下ろせるドライブコースの一番上の駐車場に停めた車の中で、誰にも言えなかった妹の話を打ち明けた。昼間に妹と映画を見た事や、フラペチーノを飲んだ事にやきもちを焼いていたからだ。そんな関係じゃないよとだけ言うはずが、つい深いところまで話してしまった。誰もいない、二人だけの空間。久しぶりに会う友香は都会の風を纏い、大人びていた。
――思い出すと、苦しいよな。
その夜、友香と一緒に住んでる街から少し離れた場所で泊まった。幼なじみにも近い関係から、恋人になって、その先に進んだ、そんな夜だった。離したくないと湧き上がる感情があったのに、なぜ別れてしまったのか。それは今でも分からない。
――そんな友香にはもっと連絡できる気がしないって。でも……。
でも、でも知りたい。なぜ急に別れようと言ったのかを。東京で誰か好きな人でもできたのだろうか。あの夜に、ベットサイドの灯だけが灯る部屋の中で、あんなに離れたくないと抱きしめてきた、友香の肌の感触を思い出す。「もうダメだ。別れよう」とだけメールして来た友香の、その理由を知りたい。
――友香のRINK、……まだ繋がってるかな。
スマホの画面をRINKに切り替えて、tomokaと書いてあるアイコンを探した。指でスクロールしていくと、だいぶ下の方に友香の実家で飼っている白い柴犬のアイコンが出て来た。一瞬躊躇うも、タップしてみる。
〈もうダメだ。別れよう〉
〈なんで急に? どうした?〉
〈もうダメなんだよ。別れて〉
〈そんな、理由は? なんかあった?〉
〈弘樹は悪くない。ごめん。心が落ち着いて話せる時がきたらまた話す〉
〈わかった。待ってるから〉
そんな会話が画面に写っている。読み返すと自分の胸の痛みも復活してくる気がするけれど、待ってるから以降、時が止まっているようだった。最後の日付は九月二十日だった。
――待ってるからって、それが最後って、俺もどんなだよって話だよな。
ちょうどその頃はバイトも学校も忙しかった。レンタルビデオ屋では深夜バイトだったし、学校の授業は午前が続いていた。友香に別れを告げられた苦しさは、忙しい時間が奪い去っていってくれた。ただ毎日こなしていけば、どうせ遠距離で会えないのと変わらない。そう思っていたような、昔の自分を見つけた気がした。
――それもこれも、俺のせいか。
大事な事を大切な人に言う事も、聞く事もできないまま、有耶無耶に流して来たツケが一気に目の前に広がっていく。妹に対しても、彼女に対しても。別れたくないなら東京まで走って行けば良かったのかも知れない。会えなくてもそっちはどうだと、妹に連絡をとっても良かったかも知れない。抱えている問題や、胸の痛みを流して流して生きて来た、自分自身が見えてきた。
――向き合わなくちゃいけないだろ。蓋をして生きてても、こんなことにしかならないじゃないか。
もういい加減、自分自身に嫌気もさすが、それではいけないと意を決した。返事がなくてもいい。でも、もしも返事をくれたら、また会うことができたら、あの時の理由を教えて欲しい。どんな理由であっても。ここで切り替えていかなくちゃ、高校の同窓会にも出れやしない。お互いに、だ。
よしと、気合を入れるために冷たいグラスを持ち上げて水を飲んだ。そして、友香のRINKに文字を打つ。
〈久しぶり。元気? これから東京へ行く。妹が家出して東京にいるかも知れない。探すのを一緒に手伝ってくれないかな?〉
俺は友香にRINKを送信し、東京へ向かうため、「居酒屋 鳥よし」を後にした。
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