第五十四話

 見つからない。あれからずっとスマホを覗き込みながら五稀のインマルを見ているけれど、土曜日に泊まりに行くと五稀が言っていたその友達は、どこにもいなかった。


「なんでいなんだ?」


 思わず声も漏れる。なぜ今の学校の友達は一緒に写真に写っているのに、前の学校の友達は一切写っていないのか。普段インマルを使わない俺にはその理由が分からなかった。もしかして仲が良くなかったのか、でもそんなはずはない。俺だって何度か五稀からそんな話を聞いたことがある。確かこの前の夏休みも遊びに行っていたはずだ。


「思い出せ。誰だったか、名前とか……」


 自分に言い聞かせながら、スマホをもう一度見始めようとしたその時、ホームに少しくたびれた緑色の電車が入ってきた。実家へと向かう乗り換えの電車だ。この電車に乗ってO市にある小山駅まで行けば、そこでもう一度電車に乗り換え、実家のある大山駅に着く。ゆっくりと入ってくる電車を見ながら、迷っている暇はないと直感で感じた。まずは実家のある街まで近づかなくてはいけない。そして、その泊まりに行くと言っていた、前の学校の友達を見つけなくてはいけない。俺は鞄を掴んで急いでその電車に乗り込み、二人がけのシートに腰を下ろした。その友達が誰なのか、本当は母さんか父さんに聞けばすぐに名前も、住所も分かるとは思ったけれど、さっきの電話の後では、もう母さんに電話をかける気にはなれなかった。


「あのね、ヒロ君。今は家に来ないで欲しい……」


 母さんの声が頭の中でもう一度聞こえてくる。でも自分を責めて苦しんでいる場合じゃない。それは後からでもできることだ、と自分で自分に何度も言いながら、もう一度スマホを取り出した。ふと顔を上げると、車内には人がまばらに座っているだけで、見える範囲の人々も皆、スマホを眺めているようだった。周囲の物は自分とは関係のない世界で、自分の世界はスマホの中にある。自分とその他との境界線が透明な粘膜となって見えるような気がした。「無関心」、唐突に言葉が浮かぶ。今電車の車内で見えているそれは、他人や周囲に対して無関心な状態なのではないだろうか。「自分が自分として存在している今ここ」の周りにある事柄には興味がなく、「スマホの中の世界」に興味がある。ゲーム、SNS、動画配信、ネットニュース、皆それぞれに自分の興味のある事柄をスマホの世界で楽しんでいるのだろう。同じ電車に、同じ時間に乗っているのに、そこは全くの他人の集合体で、車内を照らす白い電気も合間ってか、とても無機質なものに思えた。


――東京と変わんないよな。


 孝哉のインマルで見た東京の繁華街を思い出す。外国人、日本人、老人、若者にサラリーマン、多種多様な人種の人間が、有象無象に詰め込まれているような街。都会ではない土地でも、同じようなものだと思った。では、自分はどうなのか、自分だって同じようなものではないか。妹でさえも、今回の家出がなければ、自分が家を出てから、果たして関心を持っていただろうか。


――俺も、一緒だよな。


 そう思った。関心がなければ、知ろうともしない。いや、しかし反対に、自分に関係のない人に異様な関心を持たれ、あれやこれやを調べられたらどうだろうか。それもまた、いい気分ではない。現にさっき五稀のインマルを覗いていたときに見つけた「大学生の血の繋がらないお兄ちゃんとデートって、ちょっとエロい」と書いてあったコメントは、そういう類のものではなかったか。


「あ……」


 何かが引っ掛かり、もう一度その投稿の辺りまで戻ってみる。


「やっぱり、夏から投稿していない?」


 五稀のインマルの投稿は、ページを開いた時に見た、ショッピングモールでフラペチーノを飲んでいる写真で投稿が終わっていた。日付は八月二十七日。それ以降の投稿はない。


――ちょっと待てよ、あれ? さっき確か俺どこかでハロウィンぽい写真を見た気がするぞ……?


 記憶を辿ると、それは五稀のRINKだと気づいた。急いでRINKを立ち上げて、五稀のページを開く。確かに、ハロウィンぽい写真の加工がしてあるから今年の秋頃だろう。五稀を含め友達三人で写っている写真だった。よく見ると、さっき五稀のインマルで見た子たちと違う気がする。写真加工されているから気づかなかったけれど、髪型もメガネも違っている。


――もしかして、これが、前の学校の友達なのか……?


 そうだと思いたい。そうであれば、何かヒントがあるかもしれないと、RINKをたどっていくと、今年の夏からのメッセージしか残っていないことがわかった。RINKは中学校に入ってからずっと使っていたはずだ。


「そうか」


 思い出した。確か夏頃に新しいアカウントになったと言って、友達申請が来た。あれはもう夏休みが終わって新学期が始まった頃だった。その最初のメッセージが来たのは、スマホの電話番号で送れるショートメッセージだったはずだ。急いでその画面を閉じ、ショートメッセージのアプリをタップした。五稀と書いてあるメッセージの最後に新しいアカウントのQRコードと共にメセージが来ていた。


〈 弘樹君、RINKアカウント変わったからお知らせしまーす。今度からこっちで連絡してね 〉


 別にその時はなんとも思っていなかったが、もしかして夏休み以降に何か学校でトラブルがあったのだろうか。それでアカウントを新しくした。その可能性はあるような気がした。であれば、新しくなる前のRINKの中に、もっとその友達に繋がる情報はないだろうか。中学に入ったばかりの頃は、良く前の学校の友達と遊んでいた記憶がある。俺は急いで、RINKの中に残っている五稀の前のアカウントを探した。でも名前がない。その代わり、「メンバーがいません」と書いてあるアイコンがいくつかあることがわかった。それを一つずつ開いて確認していく。


「あった」


 「メンバーがいません」の三つ目のアカウントに、五稀の前のRINKがあった。そこには昔のメッセージや写真が残っている。


――この中に何か情報はないか、一番上まで遡って見れば、きっと何かあるはずだよな。


 確信にも似た気持ちで、急いで指を何度も動かし、一番最初のメッセージまでスクロールする。高速に動くスマホ画面の中ではスタンプや写真が、タイムマシーンにでも乗って、時間を巻き戻しているかのようだった。まるで、俺の中の五稀との時間も巻き戻されていくかのように。






 

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