第四十三話
しっかりしなくてはいけない。頭をまともに戻すんだ。そう何度も思いながらいるけれど、あまりに衝撃的な事件の概要で、脳内がフリーズ状態だった。
捜索願が出されている家出少女。あえてそんな少女を狙った犯行だったのか、でも一体なぜ? その方が犯人としては捜査の手が伸びる可能性が高いはずなのに。どうして、そんなことをしたんだ、あえて実名を書いたタグをつけるなんて。
「足首にタグって、そんなん解体されてこれから競りにでもかけられるような……」
思わず吐き気を催し、トイレに急いで駆け込む。どうして同じ人間なのに、そんなことができるんだ。脳裏にさっき読んだ記事のタイトルがフラッシュバックしてくる。《 これから料理でもするのかと思うくらいの下処理がされた遺体だった 》まさか、そんなこと、いったい誰が。
「い…つき……」
絶対五稀にそんなことがあってはならない。でも、一体どうやって五稀を探し出せばいいんだ。頭を少し落ち着かせようと、狭いキッチンの蛇口をひねり水を出した。雨はさっきよりも強く降っていて、安いアパートの天井から地鳴りのように激しい雨の音が響いてくる。冷蔵庫の上に置いてある水切りかごからコップを取り出し、急いで水を飲んだ。
「落ち着け、そんな犯罪に巻き込まれるわけないだろ」
そうだ、落ち着け落ち着けと何度も自分に言い聞かせる。まさか妹がそんな事件に巻き込まれるわけがない。家出少女が全国に今この瞬間どれくらいいると思ってるんだ。まともな頭になって考えれば、あり得ないと思えるだろう。そう、何度も自分に言い聞かせる。
「変な想像、やめろ、もっと現実的になれ」
そうだ。現実的に考えて、そんな事件に巻き込まれる方が確率は少ない。だったら、もっと現実的な家出少女についてを調べるべきじゃないか。俺はもう一度パソコンに座り直し、さっきの週刊誌のウェブサイトを急いでクリックアウトした。
「もっと調べるべきことがあるだろ、家出少女保護団体とか……」
そう言いながら、検索ワードを打ち込み、検索してみると、いくつかの団体が存在していることがわかった。その多くはNPO法人のような非営利団体で、中には行政機関と連携しているようなものもありそうだった。クリックして読んでいくと、若い女性が代表を務めていて、家出少女に寄り添うような内容が書いてある。
《少女達は居場所を求めています。家出少女イコール非行少女ではないのです。困難な状況から逃げ出したい少女たちの保護シェルターとして、私たちはこの団体を運営しています。まずは一緒にご飯を食べましょう。そしてたくさん話をしましょう。もし家出したいとあなたが今思っているならば、すぐにご連絡ください。私たちが全力でサポートいたします》
少しだけ胸の中の闇が隙間を覗かせたような気がした。何も恐ろしい犯罪だけが家出の先にあるわけじゃない。いや、むしろその可能性の方が低いはずだ。であれば、こういったシェルターで五稀は保護され宿泊しているだけではないか。画面の中に映し出されるシェルターの写真は、清潔感のある普通の家の中のようだった。白い部屋にソファと布団、そしてそこには数名の顔がわからないように加工してある少女たちが写っている。
「これ、ここの県にもあるのかな」
スクロールしながらみたところ、どうやらその保護団体の多くは東京にあるような感じだった。東京まで行こうと思うと、実家のある街からだと、電車を乗り継いでいくか、夜行バスしかないはずだ。
「夜行バス……、まさかな、三千円じゃ足りないだろ」
そうだ。五稀はお金をそんなに持っていないはずだ。だったら東京まで行くのは難しいだろう。俺は急いで自分の住んでいる県内に同じような保護団体が存在していないかを調べることにした。「家出少女 保護団体 N県内」と入力し、検索をかける。しかし、行政の運営している児童相談所の案内はあっても、さっき見つけたような保護団体は県内には存在していなかった。
「どこいったんだよ、五綺」
保護団体のシェルターが県内にはない、ということはやはりどこか友達の家にいるということなのだろうか。そんな都会でもないこの県内で、あいつが何日も泊まれるような友達が果たしているのか、そんな交友関係さえも俺にはわからない。
「兄貴失格だな……」
でも諦めることはできなかった。はやく見つけださなければ、父さんも母さんも神経が憔悴しておかしくなってしまうだろう。朝の電話でもさっき読んだ事件のことを言っていたじゃないか。はやく見つけて安心させてあげなくてはいけない。
「可能性を、可能性を探すんだ。もっとよく考えろ」
そう言いながら先ほど見た東京の団体のホームページをもう一度読み返すことにした。パソコン画面の左上についている三角マークを押して、先程のページに戻る。
「よく読め、そして考えろ」
ブツクサと呟きながら、そのページを読み直す。そこには実際に家出をした少女たちの実話も紹介されていた。
《 家に居場所がなかった。すぐに両親は喧嘩を始める。学校でも友達と呼べる人がいなくて寂しかった。ただ、話を聞いてくれる人が欲しかった。それだけのことだったけれど、それが私にとっては一番必要なことだった。家出をしたのは、そんな気持ちをSNSで吐き出したとき。すぐに助けてくれる人が現れて、家に私を泊めてくれた。でもそれは間違いだと気づいた。今はこの団体に助けられて、自分自身を見つめ直している。家には帰りたくない、居場所がないから。でも、ここは同じような仲間と相談できるから、安心できる。私はただ、寂しかったんだと思う。スタッフの皆さんは全員女性で話しやすい。悩んでいるならまずはここに連絡してみて欲しい。私と同じようにSNSで誰かに拾われて、性的被害にあってほしくないです(十五歳 Tさん)》
SNSで拾われて性的被害というところに胸が痛んだが、まともな団体だってあることがわかったことで少し救われる気がした。五稀がこういう団体を見つけて保護されているのならいいのだが、この団体は東京だ。そう思いながらもう少し下を読んでいくと、活動報告のページが現れた。
「全国で講演会……、ちょ、じゃもしかして……」
活動報告の中には各地で講演会やセミナーを開催していると書いてある。そのリストにもしかしてこのN県での開催がないかを調べることにした。毎年どこかの市町村で開催はされているようだったからだ。もしその時期が被っていれば、五稀がそれを見つけて参加し、そのまま保護されているかもしれない。しかし、N県での開催が近々あるというようなことも、最近開催されたというような記事も見当たらなかった。
「そんなうまいタイミング、ないか……」
大体、保護団体に行ってるかもわからない。実家から離れた狭いワンルームの中で、俺のできることは何にもないのか、そう思うとやはりあの殺人事件の記事が頭に蘇り、無力な自分に腹が立つのだった。
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