第四十一話
検索した「家出少女」「神待ち」についての情報を見れば見るほど、俺の中に不安という名の闇が広がっていく。インターネット上の情報サイトがいくつも出てくるのにも驚いたが、最初に開いたページの内容を読み進めるうちに、リアルな映像が頭の中に浮かんでくる。家出をしたい少女たちと、それに群がる男たち。今見ているページは、家出少女を泊めるのは危険だとか、犯罪であると紹介しているにもかかわらず、その裏側にある、こんなことに気をつければ大丈夫だというメッセージ性をどうしても感じずにはいられなかった。
《簡単に言えば、未成年者お断りの掲示板を使ってください。そういうサイトを利用することで、万が一、何かあった場合でも、『十八才未満は利用できない掲示板だから、相手が未成年だとは本当に知らなかったんです』という事実的証拠を提示できます。神待ちには未成年者多く存在するので、みずから予防策を張るのは身を守る上で重要です》
「バカじゃねぇの? どっちの味方してんだよ」
十八歳未満の女性を自宅に泊めたらダメなことなんて、常識じゃないのか。拉致、監禁、誘拐、婦女暴行、そのどれもがその影に隠れている気がした。しかし、読み進めていくと、それに群がる男だけがダメなわけでもなく、それを見越して少女達もまた、出会いを求めている気がしてくる。出会い、ではない。「助け」を必要としているのだ。
虐待、育児放棄、夫婦喧嘩、性にまつわる被害。日常的にそんなものがある家の中から抜け出して、違う世界で生きていきたい、そう思うのは、悪いとは思えないし、同情する気持ちも生まれてくる。でも、自分の中では、そこで出会った男と、幸せで平和な未来があるとは、どうしても思えなかった。
《家では親が毎日喧嘩してる。居場所がない。だから泊めてくれる人はまじで神だと思った。多少の性行為があっても、それでも家にいるよりはマシ。何なら、そういうことをしてる時の方が、自分が必要とされてるみたいで嬉しかった》
「五稀はそんなんじゃないだろ」とつい口から言葉が出てくる。
《血の繋がらない母親の再婚相手が、体を触ってくる。嫌だと言えば、殴られる。母親にも言えない、学校でも誰にも相談できない。あんな家に居るくらいなら、誰でもいいから泊めてくれる人を渡り歩いて生きていた方がマシ》
五稀はそこにのっている少女たちの日常ではないはずだ。虐待も、育児放棄も、夫婦喧嘩も、もちろん性被害だって、あの家には存在しない。それに、五稀のことを思い出してみても、絶対に知らない男についていくなんて考えられないと思った。で、あれば、俺が今調べているこの家出少女に援助する「神待ち」自体が、五稀とは関係ないものだということになる。
「だよな、こんなん、あいつに関係ないよな」
口に出してみるも、心の底からそれはないと言える自信はなかった。思春期の女子中学生の心の中なんて、わかるわけがない。しかも、妹とはいえ、一緒に暮らした時間は短い。
「最悪のケース」
最悪のケースを想定して考えることは俺の中では通常の思考だった。最悪のケースを想定することで、それをどうしたら回避できるかが考えられるからだ。失敗を想像し、トライアンドエラーを脳内で繰り返すうちに、エラーが少なくなっていく。そして、成功に近づけていく。だとすれば、この五稀の家出も、最悪のケースを想像して、その問題点を取り払っていけばいいのだろうか。では、最悪のケースとは、一体何なんだろうか。
「家出少女、事件で検索か」
そう言いながら、キーボードで「家出少女」「事件」と打ち込み、検索をかけてみる。しかし、そこに出て来たのは、先ほどと似たようなタイトルのサイトばかりだった。違うのは、先ほど出て来たのは、どちらかというと、家出少女を自宅に泊める方法を紹介していて、今目の前に出て来ているのは、その先にあった犯罪事例を紹介したページだった。
《泊めたら性行為は暗黙の了解。少女たちを狙う性犯罪の闇と、その実態》
そこには、家にいたくない事情があり、家出をした小学六年生女子のケースが載っていた。自宅より遠い場所まで電車で行き、三十代男性の自宅で一週間一緒に暮らしていたという。SNSで巧みに少女を誘い、自宅で監禁。しかし、被害にあった少女は、自分の意思でそこに滞在していたため、「誘拐や監禁ではないと言っている」と書いてある。
「なわけ、ないだろ……」
と思うけれど、その前に読んだ記事を思い出すと、もしかしたらそんな誘いにのって家出をすることが、その子にとっては家に居るよりも良い事だったのかもしれない、と思えてしまう自分もいた。居場所である自分の家に、自分の居場所がないのなら、どこに自分の安心でできる居場所を求めればいいのだろうか。自由にどこでも行くことができない子供たちにとって、居場所であるはずの家がないということは、生きる希望がないのと同じではないか。
出口の見えない思考を抱えながら、一旦席を立った。雨はさっきよりも激しく降り始めたようだった。まだ午前中だというのに、部屋は薄暗く、パソコンの画面が薄気味悪く光を放っている。
このままパソコンの前で座っていたら、画面の中の世界に引き込まれて抜け出せなくなってしまいそうだった。調べれば調べるほど、最悪のケースが浮かんでくる。最悪のケースを回避するためには、そういう情報に触れないようにすることだとは思うけれど、五稀が家出をした今となっては、回避もなにもあったもんじゃない。
「何が最悪のケースからだよ。意味ないじゃん」
最悪のケース、というフレーズを自分の声で聞いて、最悪のケースはまだあると気づく。俺は急いで椅子に座り直し、検索をかけた。
「家出少女、猟奇的殺人事件……」
カチカチとキーボードの音が不気味に響いている気がした。その一文字一文字を打つ手が緊張しているのか、指が思ったようには動かない。まさか、そんな事件に巻き込まれるなんて、絶対にあり得ない。
「けど……、ゼロじゃない」
ここ数ヶ月で何件かあった事件。その全容を俺はまだ知らない。
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