第四十話

 家出をしたい子供にお金を出して、いったい何のメリットがあるというのか、そんなのはないはずだと思いたい。でも、それがもし身代金目的の誘拐や、今テレビでやってるニュースみたいな殺人事件に繋がるとしたら、それはありうるのかもしれない。もしくは、レイプ。


「そんなわけは……」


 濡れた服を着替えるのも忘れて、そのまま机の上に鞄からノートパソコンを取り出した。そういった事件が過去にあるのか、いや、その前に家出少女に交通費を出すような輩がいるのか、調べなくてはいけない。きっと、そういうことは父さんや母さんは調べていない気がした。調べたくないといった方がいいかもしれない。自分の娘が誰かに援助してもらって家出をしたなんて、思いたくないだろう。しかも、その先にあるのは、きっと何かしらの犯罪のはずだ。じゃなかったら、何で家出したい子供にお金を出すのか。


 パソコンの起動ボタンを押して、立ち上がるまでの時間がもどかしい。まだ画面はやっと明るくなったところで、雨音だけが不気味に聞こえるアパートにパソコンのモーター音が混じり合っている。俺のパソコンはそんなに古いものではない。高校に入学したときにお祝いで父さんが買ってくれた、まだ新しい方だと思っている。それでも、ロボット工学用のデータや、撮影動画などを取り込みすぎていて、やけに起動が遅い。こんなことならハードディスクに重たいデータを写しておけば良かったと思ったが、学校へ持っていくには、パソコン本体にデータ全てが入っている方が都合が良かった。


 寒気がする。起動するまでまだ少しかかるかもしれない。まずはこの濡れた服を脱いでしまおうと思った。寒気が得体の知れない不安感から来るものか、それとも本当に冷えているのか、それさえわからなくなっているような気がした。はやくこの冷たい服を脱ぎ捨てて、安心できる暖かさが欲しかった。


 濡れた服を脱いで、着替え始めたとき、パソコンの起動が完了した音が聞こえた。ログイン画面になっているのが見える。俺は急いでパスワードを打ち込み、またしばらく画面が切り替わるのを待った。何でこういうときはやけに長く感じるんだろうか。待っている間、椅子に座りながらスマホでも検索をかけ始めることにした。一分一秒でもはやく、五稀の居場所に近づきたいと思った。まずは、少しかじかんだ指で、キーワードを打ち込んでみる。


「キーワード、家出少女、援助、とかか……」


 キーワードを打ち込んで、検索をかけたら、ずらっと家出少女へ援助をするサイトが並んだ。中には、「家出少女、神待ち初心者講座」のようなものまで存在している。


「嘘だろ……? 何なんだ、これ……神待ち?」


 思わず椅子から立ち上がったが、これはただ事ではないと思い、椅子に座り直して、スマホ画面を指でスクロールした。結構な数が並んでいる。もう一度上にスクロールしてもどし、そこに書かれている文字を慎重に読んでいった。変なサイトを開いて、フィッシング詐欺にでもあったらいけないと思ったからだ。上から順に、


『【神待ち掲示版の決定版!おすすめ5選】~家出中の女性と出会える方法教えます!』


『家出少女っているの? と思ってるあなたに朗報! こうして出会う家出少女』


『泊めたら性行為「暗黙の了解」は当たり前! 家出少女につけ込む大人達の実態』


『神待ちアプリおすすめ4選!家出少女を探すコツ』


『神待ち掲示板サイトの活用方法〜家出援交女子の求める条件を熟知しよう!』


 などと並んでいる。


「まじか……、これ、全部犯罪じゃないか?」


 とりあえず、実態を知らなくてはいけないと思った。まさか、五稀がこんなこと調べて実行するとは思えないが、でも、もしかしてが一%でもあるなら、調べるのが本当だ。そう思って、一番上のサイトを恐る恐る指で触れてみる。


 開いたサイトは、どうやったら家出している女性と出会えるかを紹介したサイトのようで、一見すると普通の何かを紹介しているサイトのようだった。しっかりしているサイトというべきか、左に目次がずらっと並び、ワンルームのアパートのベッドにセーラー服の高校生らしき女性が座っているような写真が貼ってある。まるで何か、陶芸や、スポーツなどのハウツーサイトのようだった。


「ちょ、待てよ、これどう考えても危ないじゃないか! 神待ちってなんだよ!」


 神待ちという言葉は、俺には聞き慣れていない言葉だった。立ち上がったパソコンの画面で急いでインターネットを立ち上げ、「神待ち」というキーワードで検索する。そこには、こう書かれていた。まさか、ネット上の辞書にも持っているとはと、目を疑った。


《 一般的には、「救いの手を差し伸べてくれる人=神を待つ」といった意味で使用されている言葉。とりわけ家出した少女が自分を泊めてくれる男性などを、SNSや、掲示板で探すことを意味する表現である。 pikiweb辞書 》


「何なんだよ、これ。どう考えたってまともじゃない……」


――まさか、五稀がこれに? いや、どう考えたってそんなことないだろ?


 いや、どうしてそう言い切れるというのだ。現に、何にも妹の気持ちなんてわかってなかった、考えてなかった自分だったくせに。そう思ったら、怒りがこみ上げてきた。その怒りは自分に対してを通り越し、このサイトに出ているような家出少女を貪り食うような汚い奴らに向けての怒りに変わる。


「まじで許せねぇ、こんなことする奴ら」


 でも、五稀がSNSでそんな繋がりを求めていたなんて信じたくない。もし今、目の前の画面に出ているようなサイトで誰かに援助してもらって家出しているとすれば、その先にあるものは、きっと想像するだけで吐き気がするような状況ということになる。


「頼むよ、そんなことしてないよな?」


 そう願いながら、俺はパソコンでさらに調べてみることにした。もしかしたら、五稀の家出の何かヒントがあるかも知れない。何か、何か小さなヒントでも、あればいいと思いながら、そんなのはいらぬ苦労だったと思える真実を求めていた。




 


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