第三十六話
「え?! 家出!? あいつが?! あ、うん、分かった。連絡きたら、すぐに連絡する。うん、分かったよ母さん、あ、こっちは大丈夫だから。うん、じゃ、父さんによろしく。うん、大丈夫だよきっと。泣かないで、大丈夫だから、うん、すぐに連絡するから」
まさか、妹が家出をするなんて。
確かに、家出をしたい気持ちはわかる。でも、まだ一日帰ってきてないだけであれば、どこか友達の家に泊めてもらってるのではないか、と正直思った。中高生女子にはよくあることだ。同級生の女子も確かそんなことがあった。そんなのは一人じゃないはずだ。多分聞いただけでも三人くらいは家出したことがあるって言っていた気がする。高校にもなれば、彼氏とお泊まりってのは、よくある話で。
――え? まさか彼氏? いや、それは絶対ないはずだ。今日は日曜日、友達の家に泊まって月曜日に一緒に登校すれば学校は休まなくていい。きっと、その月曜日の夜には家に帰る、そんなところか。しっかし、家出とは。そんなに家にいるのが嫌だったんだな。俺はそんなに嫌だとは思ってなかったけど、あいつにしてみればそうなるわな……。ま、でもそうはいうても、RINKだけしとくか。もしかして俺には連絡きてるかもだし?
そう思って、手に持っているスマホの画面から緑のアイコンをタップし、RINKを開いた。でも、妹からのRINKは来ていなかった。その代わり、「バイトの面接にすぐにでも来て欲しい」らしいって、同じゼミの田中からRINKが来ていた。
「お! やった! これで飯付きバイトゲット!」
早速、〈早めに面接お願いします〉と、田中にRINKを打った。
俺は今、自転車で行けるすぐそばのレンタルビデオ屋さんで働いているけれど、飲食店で働いている田中のバイト先の話を聞いて、そこで働きたいと思った。自転車で行ける範囲にある飲食店で、賄いで夕飯は食べれるし、運がいいと残り物の惣菜まで持って帰れると聞けば、接客業務が大丈夫な一人暮らしの大学生や専門学生は、飛びついて喜ぶと思う。いや、他の人はわからないけれど、俺の周りはそういう友達が多い気がする。みんな社交的な性格だからだろうか、それか、バイトしたお金は自分のお小遣いで、バイト代が生活費にはあまり関係ないような人達は、飲食店でも、お洒落なコーヒーショップとか、アイスクリーム店とかに行くのだろうか。俺はどちらかというと、あんまり実家に迷惑かけたくないから、できるだけ生活費は自分のバイト代でなんとかしたいと思ってる。
「これで食費が浮くかもなぁ」
そう言って狭いワンルームアパートの天井を見上げた。天井に少し染みがついているけど、なんてことない。ほんの少し古いだけだと思ってる。
このアパートは大学からも近く、同じ大学の学生が何人も住んでいるけれど、俺はバイトが忙しくて、あんまり面識はない。多分、他の人もおんなじようなものだと思う。そんなに綺麗なアパートではないから。
俺的には、家賃が安い事や、大学から近い場所という事で、早めに手を打ったことが良かったと思う。実家からもそんなに遠くなくて、ロボット工学を専攻できる大学は、ここが一番だと思っていた。だから、高三の時、電車に乗ってやってきて、早めに不動産周りをしてこのアパートを契約したのだ。丁度卒業が決まっている人が住んでいた部屋だった。だから絶対に今の大学に入らないとダメだと思って、先に部屋を契約して、A判定とはいえ、必死に勉強した。
父さんも、母さんも、それでいいよって応援してくれたのも有り難かったと思う。別に家を出たくて、ここに来たわけじゃないけど、家を出るのは多少なり俺なりに悩んだのは確かだ。でも、興味があって学びたい大学がここだったというだけだった。
一人暮らしをするとなると、自分の力だけではなんともならないけど、バイトをして、できるだけなんとかしたいと思った。父さんや、母さんに迷惑はかけられない。妹にまだまだこれからお金もかかるだろうから。でも、なんで家出なんか。俺がいなくなったことが、そんなに嫌だったんだろうか。
――まぁ、気持ちはわかるけど。
気持ちはわかるけど、立場は少し違う。分かるけれど、同じ境遇で共感できるわけじゃない。そんな俺はどうやってあいつにRINKすればいい? あいつは知らないんだし。でも、その知らないんだしが良くないんじゃないかとも思う。家族の中で隠し事はよくないはずだ。とはいえ、なかなか言い出せない父さんや母さんの気持ちも、理解できる。
――とにかく、RINKだけしとくかぁ。
俺は妹には嫌われてないはずだ。そう思ってるし、そういう態度で接してきたと思ってる。だから。きっと俺のRINKには返信してくれると思う。それなりに、最初から本当の兄弟のように、仲良くやってきたつもりだから。
その時、RINKのメール受信音がなって、スマホが少し振動した。みると、田中からだった。
「お! じゃあ早速明日来てみて、だって? 」
――明日のバイトは、確かなかったはず。であれば、すぐにでも面接をして、飯付きバイトへ移行したい!
早速明日、バイトの面接に行けるということと、詳しい場所と時間をRINKで聞いて、ありがとうのスタンプを田中に打った。ウサギがありがとうって文字を持ってるスタンプだ。何かのキャンペーンでもらったと思うけれど、思い出せなかった。たいした問題ではない。
――受かるといいなぁ、そのバイト。どうせ、彼女もいないし、年末は暇だし。
そのバイトは年末年始は特別手当が出ると聞いている。同じ県内とはいえ、実家に電車で帰るのにもお金がかかるし、家出の話を聞いた今は、なんとしても受かって、冬休み中に実家に帰るお金が欲しいと思った。なんだかんだ言っても、父さんも母さんも心配だから。家出から帰ってきたとしても、きっと二人とも心を揉んでいるだろう。少しでも親の支えになれたらいいと思ってる。
「あ……」
――いけね、あいつにRINK打つの忘れてた。
俺は妹にRINKで、「気持ちはわかる」とメッセージを送った。なんだかんだ言っても、可愛い妹だと思ってるから。家族の中で、あいつが、一番心を許せるのも俺だと思ってるし。
でも、すぐには既読にならなかった。きっと、家族からのRINKは俺であってもすぐにみないようにしているのかもしれない。家族の中でも俺くらいはすぐにみてもいいと思うが。でも、もしかしたら、スマホ自体を手元に置いてないだけかもしれない。
――ま、そのうち連絡くるでしょ。
そう思ってたけど、一向に既読にはならなかった。
母さんからも、妹からまだ連絡はないのかと、催促の電話がかかってくる。時計を見たら、深夜零時を過ぎていた。母さんは電話の向こうで泣きながら、私のせいだと言っている。テレビのニュースみたいになっていたらどうしようと言いながら。
だから、俺はもう一度、妹にRINKすることにした。
〈いい加減、家に帰ってやってよ。明日、学校だろ?〉
〈俺にでもいいから、連絡しろよ。親には連絡したくないんだろ?〉
でも返事はなくて、その後も何度かRINKをしたけど、一向に既読にはならなかった。
胸騒ぎがする。でも、きっとそれは勘違いだ。まさか、うちの家族に限って、事件に巻き込まれるとか、そんなことあるわけない。
そう思って、その日は寝る事にした。俺も明日は大学に朝早くから行かなきゃいけない。
――朝起きたら、返信きてるって。
そう思って、薄い布団を被り、眠ることにした。
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