第四章
第三十四話
「怖い」
そう口に出した時から、何かが壊れた気がする。確かによく考えればおかしいと気づくべきだった。美味しい話につられてしまったのかもしれない。例えば、お金は必要最低限でいいよとか、体の関係を求める気は絶対ないから安心してとか、最寄り駅まで迎えにきてくれる、とか?
そう思い出したらいっぱいあるけれど、でも、やっぱり今も、あの神街さんがそんな変な人だとは思えない。だって、ものすごくちゃんとしていて、私の気持ちを全部理解してくれたから。何より最初に駅で会った時、この人は本物だって思ったもん。まさか、あんな人が、女子中学生の私に悪いことをするわけない。
そう思ってるから、外に出れないことの理由を見つけたいと思ってるんだけど、やっぱり外に出れないのは、おかしいことなんだろうか、と、思いたい私もどこかにいる。だって、外に出れるということは、中にも入れるということだと、神街さんは言っていたし、それなら、厳重にこの家を守る気もするから。
だって、私はまだ中学生だし、神街さんは大人だし。そうやって考えると、子供の私が思いつきで、家の外に出て、例えば鍵をかけ忘れたりして、そこに誰かが入ってきて、何かあったらいけないと思うよね、きっと。
――ほら、ちょっと前に見た、夜の動物大好き番組でやってたじゃん、あれだよあれ。保護した猫は家から出しちゃいけませんって言ってたじゃん。きっとそれだよ。確かに野良猫を保護したようなもんじゃない? 家出少女を保護してるってことはさ。だから、神街さんは、そういう感じで、私のこと守ってくれてるんだよ、だって、ほら、食べるものはいっぱいあるし、種類も豊富だし、お菓子の段ボールも一箱まだあるし、水も、ジュースも、なんだってある。お風呂も入れるし、テレビはないけど、スマホの電波も入らないけど、でもダウンロードした音楽は聴けるしね。
そこまで独り言のように想いを連ねてきて、ふと、頭の中のおしゃべりが止まった。スマホに音楽をダウンロードして入れてくれたのが、お父さんの再婚相手の祐美さんだったのを思い出したからだ。
――そういえばRINKで祐美さんからもメッセージきてたな、でも読みたくない。全ての原因はあの女なんだから!
そう思ったら、胸の奥がメラメラと熱を発し始め、怒りの炎が燃え始めていくのが、自分でもわかった。
「あの女が来なかったら、お父さんと二人、普通に暮らしていたのに、あの女がきたせいで、こんなことになったんだ……! 思いしれ! 私がどんなに苦しかったかを! そして悔め! 私からお父さんを奪ったことを! 私が家出したのは全部お前のせいだ! お前が悪いんだ! 私の家出は全部お前のせいだーーー!!!」
誰もいないのをいい事に、思うだけの言葉を大声で叫んだ。
――もしかしたら、この声を誰かが聞いて、この家から私を出してくれるかもしれない。いいや、出してくれなくていい。私がどこにいるかをお父さんに言ってくれなくてもいい、ただ、お前のせいでこうなったって、あの女が知ってくれればいい。お父さんもあの女のせいで、私が家出したってしればいい! あの女が来た事で、私がどんなに嫌な想いをしてきたかを、知らしめて後悔させることができたらそれでいい!
「こうなったのは、全部お前のせいだ! 私の、私の! 私の、……わたしの、お父さんを返せ! 返せー! 返せよ! 返してよ、返してよ、返してよってば、もう、返してよぉ……」
おかしいな、なんで涙が溢れてくるんだろう。そんなにお父さんのことが好きなわけじゃないと思ってたのに。怒りは涙に変わるのだろうか、それならそれくらい怒っていたけれど、じゃあ、涙を流せば怒りは消えるのだろうか。
そんなこと、まだ十四歳の私には、よくわからなかった。
ただ、叫びたかっただけだ。
ずっと押し込めていた言葉を。
私が傷つけたくなくて、飲み込んだ言葉の数々を。
ただ、叫びたかっただけだ。
それなのに、なんで、涙は次から次へと溢れてくるんだろう。
私は、やけに白いソファの上で、羽毛布団に包まりながら今までにないほどの大声を出して、泣いたのだった。
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