第三十一話

 山並水族館がある環境公園の駐車場についても、雨はまだ降っていなかった。いつ降り出してもおかしくないような雲行きではあるが、夕立のように降ることはないはずだ。でも、秋の長雨とは、よく言ったもので、数日雨が降ったかと思うと、晴れの日がまた数日続くことが多い。もちろん例外はあるけれど、そういう雨の続く日の中に月曜日が入ると、私は少し憂鬱な気分になる。電車で「海鮮ゆきちゃん」に行かなくてはいけないからだ。ついこないだの雨は水曜日だった。雪さんと「とんかつ立花」に行った日だったから。


 また思い出していた。でも、大丈夫。あっちこっちに話題が飛ぶ思考回路になればいいだけのことだ。


 家族会議が駐車場に停めた車の中で行われ、雨が降り出すまでは外で遊ぶことにした。念のため、傘を人数分は腕に下げているが、その他の荷物は貴志君が持ってくれた。力持ちには自信があるそうだ。そりゃ、重たい金属部品を日常的に持っていたら、腕っ節も強くなるだろう。


 降水確率が高かったせいか、芝生広場は思ったよりも人が少なかった。駐車場はいっぱいだったから、水族館目当ての人が多いのだと思った。であれば、きっと私たちが水族館に行く頃には空いているかもしれない。午前中に水族館に行ったら、きっと午後には家路に着くような気がする。四階建ての水族館とはいえ、午前午後をまたいで見る程、展示物は多くないということは私もよく知っているからだ。淡水魚の水族館だから、イルカショーなどもない。簡単なアシカショーはあったはずだけれど、そうそう一日に何回も見るものじゃないはずだ。


「おかーさーん、こっちこっち!」


 光が木でできたアスレチックの柱につかまって、私を呼んだ。このアスレチックは子供たちに大人気な大型のもので、途中池があったりして、その上をロープに捕まりながら通り過ぎることもできる。子供たちに人気なCTuberさんもここで遊んでいる動画を配信していたこともあった。だから、お天気の良い日には、子供達の行列ができる。でも、今日は並ばなくてもすぐに遊べるようだった。


「写真撮ってー」


「僕もー」


 アスレチックの入り口付近にある、タイヤが沢山ロープで釣られているところで、タイヤに乗ってる子供たちが私を呼んでいるけれど、まずは場所を確保しなくてはいけない。いや、確保するほど混んでいないから、整備といったほうがいいだろうか。ちょうどアスレチックにほど近い大きな楠の下が良さそうだったと思った。そこなら子供達のことも見えるし、遊んでいる場所からも近い。なんなら雨が降り始めても、木が雨から守ってくれる気がした。と、貴志君もそう思ったのか、そちらの方に向かって歩いていく。


「ここどう?」


「私もここがいいと思って」


「じゃ、ここに荷物置いておくね、俺、子供たちの方行ってくるから、あとやっといてくれる?」


「もちろん、てか、助かる。あの子達すごい元気だから、振りまわされそうだもん」


「まかしといて。俺そういうの好きだから」


 そんな会話をしながら、荷ほどきをする。荷ほどきと言っても、レジャーシートを引いて、荷物を整えておくだけだけど。本当はすぐにでもみんなのところへ走っていけるかもしれないが、少し眺めていることにした。子供達はお父さんが遊んでくれるのが嬉しいのか、大はしゃぎだ。きっと車の中が窮屈だったんだろう。大人でも車に一時間も乗ってたら休憩したくなる。動きたいばっかりの子供達は、私が思ってるよりも、もっと窮屈だったに違いない。


――そう思っているのに、怒っちゃて、ごめんね夢輝。


 そう思うけど、そこは謝らない自分がいる。きっと他人になら謝れることも、家族だと、なんだか言いにくい。そういうのって、みんなそれなりにあるんじゃないかと思ってる。現に、私のお母さんも私に謝ったことがあんまりない気がするし、お父さんについてはもっとだ。一度でも謝られたことがあっただろうか。ないはずだ。いつも自分が正しいみたいな人だから。


――それに比べて、貴志君のパパっぷりといったら、本当最高にいいパパだよね。


 スマホを鞄から出して時間を見たら、思ったよりも時が経っていて、十一時を少しすぎていた。駐車場から芝生広場までの道のりも徒歩五分はかかるから、十一時をすぎててもおかしくはない。少し早めのお昼にすれば、雨に降られることもなく、ご飯を食べてから水族館に行けるような気がした。


 今日は九時に出かける予定だったけれど、結局九時半過ぎなってしまった。でも、それはそれでしょうがなかった。家族の誰にも気づかれてはいないが、私ができるだけ、キナコの帰りを待ちたかったのだ。でもやっぱりキナコは帰ってこなかった。


――キナコ、大丈夫かなぁ。って、別にキナコが家にいないのはいつものことだけど。あの子、人懐っこいからなぁ、変な人に懐いていないといいけれど。


 どうやら週刊誌の呪いはしぶといらしい。でも、もうその呪いに負けてたまるかと思った。雪さんの思考回路を少しは手に入れてるんだから、あっちこっちに話題が飛べばいいだけのことだ。であれば、今は家族で遊ぶのが優先。


 ウエストポーチに貴重品が入っていることを確認して、私はみんなのところへ駆けて行った。私のみんな、私の大事な家族のところへ。




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