第二十六話

 吉田さんが言うには、被害者の少女の目撃情報はとても少ないらしく、防犯カメラに映っていたとなると、それだけで有力情報なのだそうだ。なぜ、吉田さんがそんなことを知っているのだろうと思ったら、その理由を聞いて、納得できた。


 吉田さんは、元々土地持ちの家柄で、今は使ってない土地にアパートを建てている。監禁場所がアパートや賃貸マンションの可能性もあるとのことで、警察が不動産屋さんに連絡をし、吉田さんのところにも連絡が入ったとのことだった。


「いやよねぇ。そんな風に自分の持ってるアパートが使われてたって想像すると」


「で、吉田さんのところではなかったんですよね?」


「あったりまえよぉ。私そういうところはちゃんとしてるから、いつも不動産屋にも言ってるもの。身分がしっかりしない人、収入がちゃんとしてない人は絶対ダメって。だって、やじゃない? 変な人に貸したら。だから、外国人にも貸してないわよぉ。怖いじゃない」


 外国人にも貸していない、のところに何か違和感を覚えたが、その違和感の正体は分からなかった。吉田さんは話好きなので、ペラペラと思うことを喋っている。私はほぼ相槌を打つだけの状態だから、話を聞くだけ、聞いてもいいかと思った。


「でね、そうは言っても、うちの貸しているアパートで監禁なんて、そんなことあったらいけないからさ、不動産屋の担当者に、全部一軒一軒見回って来てってお願いしてるところなのよ。ちゃんとしてる不動産屋だから、監禁場所に使われているなんて、そんなことは絶対ないんだけど、一応ね。最近はまともな人が、なぜあんなことをみたいな事件もあるし。怖いじゃない。あら、私しゃべりすぎちゃったわ。今の話、内緒ね。ここだけの話にしてよ。まさかうちのアパートでって根も葉もない噂立てられたら嫌だから」


「も、もちろんです。あの……」


「じゃあ、私、今日も朝から忙しからこれでね」


 雪さんと同じように、自分の話したい事だけ話して、それが終わったら、さっさと帰っていく吉田さんの背中を見つめながら、きっと吉田さんも雪さんと同じタイプだと思った。悪意があって人の話を聞いて、それを誰かに話すんじゃなく、多分、それが普通の会話と思考回路。ただ話したいだけ話して、聞いたことを自分の中で解釈して、それを悪気なく人にただ話題のひとつとして話すんだろう。


 それにしても、さっき、つい「あの」と言葉が出たけれど、「あの」の先に私は何を聞こうと思ったんだろうか。ついさっきのことなのに、それが思い出せない。「あの」から始まる、質問。


――あの、それはこの辺だと、どのアパートなんですか?


 そう聞きたかったんだろうか。それを聞いて、キナコの行動範囲と照らし合わせてみるとか。いいや、そんな探偵みたいなこと、したくないし、思ってないはずだと思うけれど。でも、「あの」とつい口に出てしまった私は、本当は何を考えていたのだろうか。


――あ、いけない。今日は出かけるんだった。


 今日は家族で出かけるんだった。まだやることはたくさんある。掃除に、洗濯に、朝ごはんと、その片付け、その前に、貴志君と、子供も起こして準備をさせなくてはいけない。


 天気予報通り、今日は午後から雨になりそうだった。空は灰色の重たい雲で覆われている。さっきの吉田さんの話を聞いたせいか、見えている世界全体もなんだかいつもより色褪せて見えた。まるで、この普通の住宅街に不穏な空気がだんだん漂って、灰色の靄でじわりじわりと包んでいくような。


――なんか、気味悪い。


 そう思って上を向いたら、ぽつりと、小さな粒が鼻先に落ちた。思った以上にお天気ははやく悪くなるのかもしれない。急いで準備をしなくては。


 今日は、久しぶりの家族時間なのだから。

 

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