第十五話

 その燃える様な赤色の世界に驚いて、私の手からスマホがするりと床に落ちた。その落ちた音が家中に響き渡っている様な気がする。


「き、気持ち悪い……は、早く電気消して下に戻らなきゃ……」


 その気持ち悪いほど赤黒い部屋の電気を急いで消そうとするけれど、手が震えて壁のスイッチがうまく見つけられない。急いでスマホを拾って、もう一度スイッチがあった場所をスマホで照らしながらスイッチを探すことにした。


――ああ、もう、はやく拾ってって思ってるのに!


 スマホを拾おうとする手が思う様に動かず、もう一度手にしたスマホを落としてしまう。右手でもう一度拾いかけて屈んだ私は、見たくもないのに、部屋の中をまた見てしまった。


「え……?」


 視界に入ってきたのは、生物の教科書でみたことがある様な、頭の中の図解の様なものだった。脳内を図にした様な、顔が真横を向いた人が描かれているポスターが、何枚も何枚も壁に貼ってある。


「ひっ! も、もう、やだ……。は、早く下におりなくちゃ……」


 なんでそんな気持ちの悪いポスターを神街さんが貼っているのか、私は理解ができなかった。スマホを拾った右手のスマホのライトがその絵を照らし、赤黒い空間により鮮明に浮かび上がらせてしまった。


「も、もうやだって、早く電気消して……」


 その病院にでも貼ってありそうな、やけにリアルな脳味噌の絵を見ない様にして、スイッチを探した。緊張しているのか焦りすぎているのかわからないけれど、私の身体は自分の脳からの指令をちゃんと受け渡ししてくれていない様だった。はやくと思えば思うほど、身体が硬くなってもどかしい。それでもなんとか電気のスイッチを見つけて、スイッチを切ることができた。私は急いでそのドアを閉めて、階段を駆け下り、明るい一階のリビングへと戻ってきた。


「めっちゃ怖いし!」


 一体あれはなんだったんだろうと思いながら、リビングの白いソファに急いで座り、寝る時に使っている羽毛布団を肩から羽織った。やけに身体が寒かったのだ。手に持っているスマホはまだライトがついている。まるでさっき見たものは夢ではなく現実だったと言わんばかりに、そのライトは私の目に向かって光っていた。私は急いでスマホの画面をタップして、ライトを消した。その時、ずっとスマホが録画を続けていることがわかった。


――あ、録画してたんだった……。


 急いで録画停止ボタンを押して、カメラも終了させたけれど、なぜあんなに脳味噌の断面図の様なポスターが何枚も貼ってあったのか、なぜあんな気持ちの悪い赤いライトをつけているのか、私にはさっぱりわからなかった。


――神街さんの趣味……? なんであんな気持ち悪い部屋に? え? あの部屋でこないだ寝てたってこと?


 そう思うと、神街さんがなんだか怖い人の様に思えてきた。あんなにしっかりとした大人が、あんな気持ち悪い部屋を好むのだろうか。そういえば、このシェアハウスの本棚にある本はホラー小説が多い気がする。有名な映画化されたものもあったし、聞いたこともない様なタイトルのものもあったけれど、呪いの文字が載っていたから、きっとあの小説も怖い小説なんじゃないかと思った。


「怖い」


 怖い、と口に出したら、身体中の細胞も怖いと言っている様な気がした。そう思い出したら、さっきの気持ち悪い部屋と対照的だと思っていた今いる白いリビングも気味が悪くなってくる。妙に白ばかりのこのリビングは、普通にソファがあって、それに合う高さのテーブルがあって、カーペットがその下に敷いてあって、あとは本棚と、寝るときに使うピンク色をした花柄の羽毛布団と、あとは、あとは私の黒い鞄があるだけ。


 本当にここはシェアハウスなんだろうか?


 

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