第十四話
そうは言ってみたものの、やっぱりなんだか気味が悪い。まだ昼前だというのに、階段の上は薄暗いどころか真っ暗闇に見えるのだ。スマホの小さな白いライトが階段の上を照らしてはいるものの、光の強さが足りないのか、あんまりよく見えない。見たところ、普通に廊下があるだけだと思うのだけれど。
――窓がないのかな? あ、そっか。ドアが閉まってたら、そりゃ暗いか。……それにしても、嫌な感じ……。て、その前に階段の電気ってないのかな?
階段の電気がありそうなところを見てみるが、廊下にも階段の壁にも、スイッチらしきものは見つからなかった。
――仕方ない。最初の予定通り、スマホのライトしかないや。でも、やっぱりやめよっかな……なんか怖いし。
そう思いつつ、二階に何があるのかを知らないで今日一日過ごすのも、余計に気になってしまう。私は右手にライトを持って、照らしながら慎重に階段を昇っていくことにした。
ギシッ……
――うわぁ……。嫌な音、軋むとかまじでやめてよね……。
ギシッ……ギシッ……
――大丈夫大丈夫、普通の一軒家の普通の二階の部屋があるだけだから。それにしてもこの階段の音、もう本当やだ。やっぱりやめよかな……。あぁ、でも気になってしまったものは仕方ない。まだ電波、届かないかな……
そう思ってスマホの画面を左手でタップしてみたけど、まだ電波は入ってなかった。すぐさまスマホの画面をシャットアウトして、昇ろうと思ったけど、ふと、どうせ昇るなら、録画をしておいて、後から何かに使おうかななんて考えが浮かんだ。そういう動画を見たことがあるからだ。
――もしも上手に撮れてたら、神街さんが今度来たとき、見せてあげようかな。暇だったから、こんなことして遊んでましたよって。えー。なんて言うかな。面白いこと考えるねって笑ってくれるかな。よし、えっと、カメラを開いて、で、録画っと。
そんなことを考えながらスマホのカメラを起動して、録画ボタンを押したら、なんだかさっきまでの恐怖心が少し和らいだ気がした。階段の軋む音も効果的に動画に録音されるだろう。そういう音も大事なのだと、いつも見ているCTuberさんが言っていた気がする。
スマホのライトが映し出している階段は、ごく普通の木でできた階段で、どこの家にもありそうな階段だった。ただ、リビングにつながる廊下側の階段の壁が、板のようなもので塞がれていて、それが他からの光をシャットアウトしていて暗い階段になっているのだと思った。少し黄色がかった白いボードのような硬い板が、階段側から撃ち込まれていて、所々に茶色っぽいシミがある。綺麗に整えられている一階のリビングとは対照的な雰囲気だった。
――うわぁ。気持ち悪い。ここ、相当古い家なんじゃないかな……。でもそうだよね、誰も使ってないから、シェアハウスで使えるんだよね。
そう思いながらゆっくり足を進めている。
ギシッ……ギシッ……ギシッ……ギシッ……
――……あと三段、…あと二段、あと一段、よし、着いた。
幅の狭い階段なので、落ちたらいけないと自分の足元を照らしていたライトを昇った先の廊下の方にそっと向け、自ずと顔が同じ方向へ向いた。
「……え? なに……これ?」
顔をあげた私の目の前には、真っ暗な薄暗い廊下があって、その先に本来あるであろう窓が、板で塞がれていた。廊下の右側には、ドアが二つあるから、きっとふた部屋あると思った。廊下の窓が塞がれていて、ドアが閉まっていれば、光が入ることがないから、どおりで真っ暗なはずだとも、理解できた。すぐさま、廊下の電気スイッチを探した。
――あった。これつければいいよね。あれ? おかしいな、電気が切れてつかないのかな……?
スイッチを何度カチカチ指で倒してみても、廊下の電気はつかず、薄暗いままだ。スマホの青白いライトだけがその先を照らしている。私は、もういいやと思い、スマホの録画画面にちゃんと映っているかを確認しながら、奥のドアから覗いてみることにした。
ギシッ……ギシッ……
廊下を歩いても、階段と同じような木が軋むような音がする。正直怖いと思ったけど、スマホの録画画面を見て進んでいると、一人じゃないような気がして、ゆっくりとだけど、奥にある扉の前についた。
――ただの部屋だよね。ただ家出した人が泊まる部屋。きっと布団が置いてあるくらいだよ。
そう心の中で言いながら、左手で、銀色のドアのノブを掴んだ。ひんやりを通り越して冷たい金属の感触がする。
「ひっ……」
思わず、声が出て、手を引っ込めてしまった。そう言う声も録音されてしまうのかと思ったら、CTuberにでもなったかのような気分になったけど、恐怖心は先ほどよりも増している。やっぱりやめようか、などと頭の中で声が聞こえてくるけれど、さすがにここまできてやめるのはないなと思った。だから、勇気を出して、もう一度冷たい金属のドアノブを左手で掴んで、ゆっくり回した。
キィユゥゥ……ガチャッ
変な音がして、ドアが開いた。そのままゆっくりと、ドアノブを手前に引いてみた。
ギィ……
これまた嫌な音がして、ドアが開く。どうやら部屋の中もカーテンが閉めてあるのか、真っ暗のようだった。私が今いる廊下は狭いので、あるところまで開いたら、左腕をするりとドアの内側に戻し、ライトをつけたスマホのカメラを恐る恐るゆっくりと部屋の中に向けた。
「なぁんだ。普通の部屋じゃん。よかったぁ……」
特にこれと言って特徴のない普通の部屋に見えた。思っていた布団はなかったけれど、その代わりに勉強机のようなものが一つと、それについている青い座面の椅子。本棚のようなものがひとつ、あとはダンボールなんかがいくつか積み上げられているだけの部屋だった。もしかしたら、もともとここに住んでいた人の部屋を、そのままにしてあるのかもしれない。左手で壁を触って電気のスイッチを見つけたけれど、ここのスイッチも入らなかった。
――おかしいな。もったいないから電気つけてないのかな?
そういえばお父さんの会社も、節電にうるさい社長さんらしく、蛍光灯が半分つけていないと聞いたことがある。二階は滅多に使わないから、そうやって電球を抜いているのかもしれないと思った。
――普通の部屋なだけなんだったら、こんな怖がってくることなかった。きっと暇すぎて私おかしかったんだ。刺激的ではあったから、ま、いっか。
そう思って、ドアを閉め、隣の部屋を今度は確認してみることにした。同じような作りに決まっているけど、せっかくお化け屋敷気分で録画もしているし、さっきの部屋には布団がなかったから、神街さんが寝ていたのは、この階段上がってすぐの部屋だと思った。
――神街さん、こないだ泊まった時はこっちで寝たのかな? それなら少し興味ある……
さっきよりはさほど緊張感もなく、ドアの前を階段側に通り過ぎて、さっきと同じように銀色のドアノブを左手で握り、そのノブを回した。
キィユゥゥ……ガチャッ
やっぱりこっちの部屋も真っ暗だった。でも、こないだ神街さんが泊まったと言うことならば、スイッチを入れれば電気がつくはずだと思った私は、また、左手で、壁際のスイッチを探し、その小さな硬いプラスチックを指で押した。
「ひぃっ……な、なに……これ?」
スイッチを押して目の前に現れたのは、燃えるような赤色に薄暗く光る気味の悪い部屋だった。
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