第十二話

「どうせなら、楽しいドライブにしようか? 今から連れて行くシェアハウス、まだここから車で少しかかるし、目隠しをしながら乗って行くなんてどう?ついたらきっとびっくりしてくれる気がする。みんなそうやって連れてくと、喜ぶもん」


「え? 目隠しですか? みんなやってるの?」


「うん、 やってるよ。それで目隠ししながら車に乗って、今まで誰にも話せなかったこととか、全部喋りながら行くの。目が隠れてるとね、心の中に溜まっているもの全部吐き出せるみたい。みんなそう言ってるし。でも、無理にじゃないから、選んでいいよ」


 神街さんは絶対悪い人じゃないと思ったけど、正直目隠しをしてどこに行くか分からないのは怖いと思った。でも、みんなやってるよって神街さんに言われて、確かに目を閉じたら、今までのいろんなことを思い出して、全部全部、どんなことも話ができる気もした。どんなことの中には、親がやってる問題も含まれている。だから、私は目隠しをして目的地のシェアハウスまで行くことにした。


 その後、大体そこの自販機から一時間くらいは車で走っていたと思う。途中で料金所の案内が聞こえたから、もしかしたら高速道路に乗ったのかもしれないと少し不安になる時もあったけど、神街さんのお話も面白いし、私の今までため込んでいた家族や友達への愚痴も全部話せて、ものすごくスッキリするドライブだった。


――こんな大人がいつもそばにいてくれたらいいのにな。


 そう思いながら、車に揺られて、話をしていた。人に話を聞いてもらえると言うだけで、こんなにも気分が晴れていくのかと思った。誰にも話せないこともあったから。そうこうしているうちに、目的地に着いたのか、信号待ちとは違う形で、車が停車した。


「到着。はい、もう目隠しとっていいよ」


 神街さんに言われて、目隠しをとって私が最初に見たものは、普通の住宅街が近くにある、街中の駐車場だった。


「ここからちょっとだけ歩くからね」


 後ろの席のバッグは神街さんが持ってくれた。優しい大人だと思った。ちゃんと話を聞いてくれて、私を保護しようとしてくれている。その駐車場から、私より少し背の高い神街さんについて行って着いた場所は、普通の白い一軒家のようだった。本当に普通の建売住宅の一軒家だ。ただ、隣は空き地で、反対の隣は何かの工場だった。工場の錆びた銀色の壁が、これから入る家の塀ギリギリまで建っていて、雨水の流れたような赤茶色の跡が、少しだけ気味が悪かった。


「さ、どうぞどうぞ、長旅お疲れ様」


 家のドアの鍵を開けて、ドアを開いた神街さんが、私を中に招いている。なんだろうか、少し怖くなってきたと、私は思った。だって、その家の中はまるで窓がないように薄暗く、シェアハウスと言っていたのに、誰もいなさそうだったから。


「あの、シェアハウスって、今は誰もいないんですか? あと一枠って言ってたから、たくさん人がいるんだと思ってて」


「あぁ、昨日一人いっちゃって、いまは五稀ちゃんだけ。言ってなかったっけ?」


――私だけ? え? 私が一人で薄気味悪い家に泊まるってことなのかな?


 そんな私の顔から言葉が漏れていたのか、神街さんは、週末は仕事がないから一緒にいてあげるねと言って、私は少し安心した。だって、こんな薄暗い、隣に気味の悪い汚い工場がある場所で、一人っきりは嫌だと思ってしまったから。神街さんが一緒なら安心だと思った。


 こうして私の一週間だけの家出は始まったのだった。


 家の中は思っていたよりも綺麗で、ちゃんと電気もついた。でも不思議なことに、スマホの電波が入らなかった。神街さんは、たまにそう言うことがあるって言ってたから、私はそのうち電波がつながるだろうって、気にしていない。スマホの電波が入って、親から連絡が来たらめんどくさいし、その方が怪しく思って、より早く、私の手紙を見つけ出すかもしれない。あの、涙がいっぱいでヨレヨレの、何にも書いていない白い手紙を。


 その日の夜は神街さんが買ってきてくれたコンビニのお弁当を食べた。夜は、別々の部屋で寝て、次の日の日曜日は、二人でゲームをして遊び、日曜日の夜に私がもう眠たそうなのを見計らって、神街さんは自分の家に一旦戻っていった。月曜日からは仕事があるらしい。


 私は、このままこの家の中から出ずに過ごす予定だ。食べ物もレトルト類があるし、神街さんもたまに覗きに来てくれるって言っていた。文庫本はたくさん本棚にあるから、時間は潰せそうだ。私は本を読むのが好きな方だから、助かったと思った。私が持ってきた文庫本は既に読んだことのある本だったから。


 テレビがないのが残念だった。でも、本を読んで、音楽をスマホで聴いて、そのうち電波が繋がれば、スマホを触って時間はつぶれると思った。



――本当にお父さんも、ママも、祐美さんも、みんなみんな後悔してよね。私がこんなに傷ついていたこと、全く気づかないなんて、どうかしてるよ。うんと心配かけてやるんだから。本当に「助けて」って書いてよかったと思ってる。良い人にちゃんと出会えて、こうして家の中から出ることなく、保護されて家出できるんだから。



 私は、神街さんに会えて本当に良かったと思った。


 でもおかしいな。また見に来てくれるって言ったのに、神街さんは、今日も来なかった。火曜日なのに。でも仕事が忙しいだけかもしれないし、私は本を読んだりして時間を潰している。


 お父さんたちは私を必死で探してるだろうと思うと、ざまあみろって少し思った。きっとものすごく心配して、探してくれてるはずだから。いっぱい心配したらいいと思った。


 一度外に出てみようかと思ったけど、月曜日は雨だったし、今日は本に夢中になってしまって、気付いたらもう外は薄暗かった。大体起きたのが昼過ぎだったのだ。だから、外には結局出ないで一日中本を読んでいた。


 暗くなってからの外は少し怖い気もする。隣の工場はうす汚かったし、反対の空き地は思った以上に広かったからだ。もしも外に出て、変な人に襲われでもしたら大変だと思った。


 日曜日の夜、神街さんが帰っていった後で、この家で一人は怖いなとも思ったけど、この家は建て付けが悪くて、窓とかドアとか開きにくいから、外から侵入しにくくて安心だって神街さんが言っていた。だから、きっとその辺は安心だと思う。


 そういえば、時々猫の鳴き声がするなと思って、すりガラスの窓から覗いてみたら、何匹か猫がいるのが見えた。きっと空き地が隣だから、猫の集会でもしているんだな、なんて思ったら、私は本の読み過ぎかもしれないと思った。


 しかし、ここの本棚の本はどれもこれも、私の好みじゃあんまりないようだ。私は恋愛ものとかが好きだけど、ここにあるのは少し怖いものが多い気がする。一人で読んでいると、気味悪いけど、神街さんが選んだ本なのだろうか。でも、あんな楽しい神街さんが、こんな暗い本好きなんだろうか。今度あったときに聞いてみようと思った。


「明日はやってきくれるかな。もうレトルト食品も食べ飽きちゃった」


 


 

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