第十話

 SNSに裏アカで家出がしたいとハッシュタグをつけて投稿したら、すぐに何人かの人からDMが届き始めた。


〈どこに住んでるの? 泊めてあげてもいいよ〉

〈写真をまず送ってくれる?〉

〈相談にのるよ。どこにいるの?〉


 もうこんな家は無理って思って投稿したはずなのに、本当にDMが来た事で、滅茶苦茶いけないことをしてしまったような気がして、私の身体は一瞬こわばった。した事はないけれど、万引き犯にでもなったみたいだった。犯罪に手を染めた気がなんとなくして、その染みがだんだん広がっていくのが自分でも分かった。


 だから、誰にも見られるはずのない自分の部屋なのに、誰かに見られているんじゃないかと、部屋のドアを音を立てずにそっと明けて、廊下に誰もいないことを確認して、それから、ベッドに寝転んで届いたDMの送り主のページを一人ずつ見ていった。


 変な人に泊めてもらって変な事件に遭ったら嫌だと思ったからだ。そういう所はちゃんとしておかないと、ダメだと思った。事件なんかに巻き込まれたら、お父さんが悲しむと思って、……嘘。なんなら事件に巻き込まれて消えてもいいって思ったかもしれない。死にたいってSNS呟いたこともあったし。それくらい自暴自棄になっていた。もう限界だったんだ。


 だから、しっかり見極めなくてはと、一人一人DMをくれた相手を見ていったけど、DMをくれた人はあんまりまともな投稿している人がいなくって、どれもエッチな匂いがしたし、どれも怪しく見えた。前から何度もハッシュタグをつけて「#家出女子」「#神待ち」「#泊めて」と検索していた時も思ってたけど、やっぱりこれじゃあ家出はダメだと思ってたら、神街さんからDMが来た。


〈 家出したい人の相談乗ってます。シェアハウス運営していますので、同じ悩みの人と相談し合うこともできます。残り一枠空いています。 〉


――シェアアウス……。同じような家出している人と相談できる。しかも、残り一枠……?


 だからすぐにDMに返信した。だって、残り一枠って、後一人、私より先に誰かが申し込んじゃったら、もう神街さんのシェアハウスにはいけないかもしれない。そう思ったら、急いで返信しなきゃいけないと思った。


〈 今すぐにでも家出したいです。シェアアウス入れてください 〉


――あ、しまった。どこにあるシェアハウスか聞いてない。


〈 どこにあるシェアハウスですか? 〉


 そうしたら、すぐにまたDMが届いた。そのDMには、シェアハウスの詳しい場所は言えないけれど、最寄りの駅まで車で迎えに来てくれると書いてあった。その対応範囲が私の家の市町村も入っていて、次の日の土曜日に神街さんに迎えに来てもらうことにした。でも、家の最寄り駅ではなく、電車で三十分行った小出川駅にした。小出川駅なら誰も知ってる人には合わないと思ったからだ。もし万が一知り合いがいて見られたとしても、小出川駅は小さな駅で、駅の出口から道路までがすぐだから、車に乗り込む時は一瞬で、誰も私と気づかないだろうとも思った。


 その日の夜は、胸の鼓動が激しくて、そんな胸が苦しくて、なかなか眠れなかった。本当にこんなことをしていいのか、犯罪じゃないか、いろんなことを考えて、もしも明日駅に行って、その神街さんという人が見た目とか、雰囲気とか危なそうだったら、知らん顔して通り過ぎようと思った。神街さんだって、本当に来るかは分からないんだから。でも、神街さんに詳しくDMで教えてもらった家出に必要な準備だけはした。


 まず、未成年だから家出したとわかるとすぐに通報されてしまうと教えてもらった私は、友達に頼み込んで、泊まり込みで勉強するってことにしてもらった。前の学校で一緒だった美樹だ。美樹の家に行くと言えば、お父さんはきっと許してくれると思った。だって、前の学校から転校しなきゃいけなかったのは、お父さんの再婚のせいだから。


 美樹の家はもともと住んでいた私の家のすぐ近くで、親が飲食店をやってるから、美樹のお父さんもお母さんも夜は遅い。泊まり込みが嘘だとばれるのにも時間がかかると思ったからだ。今通っている中学の友達では、きっとすぐにバレてしまう気がした。


「美樹、お願いがあるんだけど。美樹の家に土曜日泊まることにしてくれない?」


「彼氏?」


「うん、そんなとこ」


「へぇ、やるじゃん。じゃあ私の時もお願いできる?」


「もちろんだよ。え?彼氏できたの?」


「うん。内緒だよ、うちの親には。 実は彼氏、大学生なんだよねぇ」


「へぇ……、やるじゃん。もちろんだよ、その時はねお互い様だね!」



 仲が悪くなったけど、同じ中学には行かないというだけで、また仲良くし始めるのは、一体なぜだろうと思う。でも、そういうものなのだ。卒業式の日には、ほとんど喋ったこともないような同級生ともRINKの交換をした。


「えー、絶対また会おうねぇ。絶対RINKするからぁ」


 体育館の白い壁際の、まだ咲かない桜の木の下で、一緒に写真を撮る時に、涙を流してそういう子もいた。私もそういえば泣いていた。私が泣くのはわかる、やはり、どうしてあの子達は泣いたのだ? そういうシチュエーションに酔いしれたいのだろうか。


 子供の世界は狭いから、イレギュラーなことが起きるだけで、感情が昂るのかも知れない。いやそれだけではなく、車に乗らない、自転車で行ける範囲で生きている小学生には、違う学校の友達と言うフレーズは、少し世界が広がった気がするのかもしれない。自分たちの力で動ける範囲はたかが知れているからだ。小学生が自分たちで動けるのは、せいぜい半径二、三キロなのだから。


 美樹の家に泊まるってことにしたから、嘘をつく準備はできた。あとは、どこかに置き手紙を残して置かないと、嘘がバレたときに、家出ではなく、事件として扱われる可能性があると神街さんから教えてもらった。だから、手紙を書いて机の中に入れておこうと思って、レターセットを出してきたけれど、書こうと思ってボールペンを握ったら、涙がいっぱい溢れてきて、一枚目の便箋はダメになった。その後も何度も書こうと思ったけど、涙が止まらないから、その濡れた便箋を嫌味のように真っ白なままで封筒に入れて、机にしまった。


――どうせ、もう戻るつもりもないし。お父さんなんか勝手に新しい家族で楽しんでればいいんだ。そして、私が帰って来なくて、探して、困って、この何にも書かれてない手紙を見つけて、思いっきり後悔して悲しめばいいんだ! ママと一緒に、どうして私がこんなことをするのか、反省すればいいんだ!


 そう思いながら、机の引き出しに、何も書いていない涙の染みでいっぱいの手紙を入れたら、少しだけ心が軽くなった。本当に家出をしなくてもいいんじゃないかと思えるほどに。今まで貯めてきた我慢の涙を思いっきり吐き出したような気持ちになった。


――やっぱり、家出なんてやめよかな……。


 そう思った時、神街さんからDMが届いた。


〈 準備はできましたか? 明日の十時に迎えに行きますね。もし辞めるときは教えてください。待ってる人が他にもいますので 〉


――一週間。一週間だけ家出をしよう。そして、お父さんやお母さんが、私をどれだけ傷つけてきたかを思い知って、ものすごく後悔して反省したのを確認して、家に帰ればいいか……。だって、シェアハウスは残り一枠しか空いてないんだから。


 こうして私は、土曜日の朝に必要な物を鞄に詰め込んで、家を出た。

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