第33話
「松茂さんは、知奈の病気のこともちゃんと知っているのよね?」
さっきからムスッとした表情を崩さないお父さんに変わり、お母さんが横からフォローしてくれた。
「はい、もちろんです」
背筋を伸ばして頷く佳太くん。
「教師なら知っていて当然だ」
お父さんはやっぱり厳しくて、佳太くんは萎縮したような雰囲気になってしまった。
「お父さん今日はこのくらいでいいんじゃないですか? そろそろ出る準備をしないと」
お母さんに言われて時計を見ると、すでに出勤時間を5分過ぎている。これ以上のんびりしていると本当に遅刻してしまう。
お父さんは渋々立ち上がり、同時に佳太くんも立ち上がった。
「後日またちゃんとご挨拶に伺いますので」
カチカチに緊張しながらお父さんを見送った後、私も佳太くんと一緒に家を出た。
佳太くんは家を出た瞬間大きく息を吐き出して額に滲んだ汗を手の甲で拭った。
「大丈夫ですか?」
私はハンカチを差し出して聞く。
緊張のせいか、佳太くんの顔色は少し悪いようだ。
佳太くんは薄ピンク色のハンカチで汗を拭うと「やっぱりこういうのって緊張するね」と、笑ってみせた。
私もいつか彼の家にお邪魔するときがあったら、同じように緊張するのかもしれない。
「そうだ、これ、忘れないように渡さないと」
学校への道のりを歩きながら思い出したように佳太くんがカバンからクリアファイルを取り出し、私に差し出した。
「これ、なんですか?」
青いクリアファイルには何枚かの紙が挟まれていて、取り出してみるとA組のクラスメートたちの名前がずらりと書かれている。
しかし名簿などではなさそうで、名前の横に相手の特徴や話し方が書かれているのがわかった。
「これってもしかして……!」
「少しでも役立ちたちくて、作っていたんだ」
ひとクラス分の人間の特徴を書き出すなんて並大抵のことじゃなかったはずだ。
それを、この短い期間にまとめるなんて。
「ありがとうございます! 私、なんてお礼を言っていいか」
これをつくるのには随分時間がかかったはずだ。
その間に私は佳太くんを困らせたり傷つけてしまった。
それでも、佳太くんはそれを最後まで作って、私に渡してくれたのだ。
そう思うと胸の奥が熱くなる。
「お礼はいいよ。でもその代わりに、敬語を使うのをやめてみない?」
小首をかしげてそう言われ、顔がカッと熱くなるのを感じた。
佳太くんは私のためにいろいろなことをしてくれた。
一緒に水やりをしてくれた。
沢山励ましてくれた。
A組の教室にいられるように応援してくれた。
クラスメートの一覧表を作ってくれた。
それなのに私はまだなにも返すことができていない。
それなら、敬語をやめることくらい、どうってことはないはずだ。
「わ、わかりま……わかった」
しどろもどろになりながら言うと、佳太くんの手が私の頭をぽんぽんとなでた。
いつか、花壇でもやってくれたことだ。
「じゃあ、俺はこっちだから」
分かれ道で立ち止まり、佳太くんは大学へ行く道へと歩いていく。
「あ、ありがとう! また明日ね!」
大きな声でいうと、佳太くんは振り向いて大きく手を振ってくれたのだった。
☆☆☆
「おはよー知奈ちゃん!」
「雪ちゃんおはよう」
私は今日もA組へ通う。
だけど時々特別学級が恋しくなって、昼休憩中にお邪魔しに行くこともある。
「雪ちゃん、それ私のウインナー」
景子ちゃんがお弁当箱から盗まれたウインナーに目ざとく気がついて、雪ちゃんに突っ込む。
「えへへ。バレた?」
そう言いながらも雪ちゃんは気にせずウインナーを口に放り込んだ。
景子ちゃんは仕返しとばかりに雪ちゃんのお弁当箱からミートボールを奪っていく。
「あ、ミートボール楽しみにしてたのにー!」
雪ちゃんは頬を膨らませながらも楽しそう。
「お前の教室って楽しそうなヤツ多いなぁ」
キンパが後ろから声をかけてくる。
お弁当はとっくに食べ終わっているみたいだ。
「うん。とっても楽しいよ!」
私は笑顔で返事をする。
授業はA組で受けて、お昼は雪ちゃんを連れて特別学級へ。
思っていた通り雪ちゃんは特別学級の子たちともすぐに打ち解けて、あっという間に仲良くなった。
いいとこ取りをしている気がして、顔がニヤケてくる。
おまけに大学にはカッコイイ彼氏までいる。
「知奈ちゃんがまたニヤニヤしてる」
景子ちゃんが冷めた調子で言うので、ハッと我に返った。
「また彼氏のことでも考えてたんでしょ」
「お前どんだけ彼氏のこと好きなんだよ」
キンパがツッコミ、特別学級のクラス内は大きな笑いに包まれたのだった。
「す~っごく好きだよ!」
私は自信満々に答えるのだった。
END
彼の顔が見えなくても、この愛は変わらない 西羽咲 花月 @katsuki03
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