第28話

☆☆☆


好きな人とキスをした夜は全然眠ることができなかった。



何度も何度もキスのシーンを思い出して、そのたびに熱が悪化していくような気さえした。



あれは夢じゃないよね? と、何度もスマホを取り出して登録されている佳太くんの番号も確認した。



そしてちゃんと登録されているのを見ると、またキスシーンを思い出してしまって顔が真っ赤に火照ってしまう。



そんなことを繰り返している間に朝が来た。



全然眠れなかったが朝が来ると自然と体も起きてしまう。



ベッドから起き上がってみると少しのふらつきもなく、もう完全回復していることがわかった。



制服に着替えながら今日の放課後はどうしようかと考える。



花壇へ行けば、また佳太くんが待ってくれているかもしれない。



でもキスをしてしまった後でどんな風に接すればいいかわからない。



どんな顔をして佳太くんに会えばいいのかもわからない。



モヤモヤした気持ちと大きな期待と、そしてトキメキを抱えて家を出ると、空は晴れていた。



まるで4月のあの頃のように。



私はキュッと唇を引き結び、口角を上げて新しい気持ちで学校へ向かったのだった。


☆☆☆


「ちょっとあんた」



それは教室へ向かう途中の階段でのことだった。



低く怒ったような声に呼び止められた。



振り向くとそこには坂下さんが1人で立っている。



他の2人はまだ来ていないようだ。



坂下さんが1人で私に話しかけてくることは珍しくて一瞬とまどう。



しかしどうにか笑顔を作った。



「なに?」



「昨日、あんたの家に佳太くんが行ったでしょう?」



その言葉に絶句してしまう。



返答に困って視線を泳がせ、どうしてそのことを坂下さんが知っているんだろうと疑問を感じる。



佳太くんは人気者だから、偶然誰かに見られていたのかもしれない。



それか、坂下さん本人が見ていたか。



とにかく、佳太くんファンらしい坂下さんが激怒していることは雰囲気で痛いくらいに伝わってきた。



「お、お見舞いに来てくれたの」



ここで誤魔化せば後から面倒暗いことになりそうだと思い、素直に伝えた。



坂下さんは腕組みをして更にすごみのある視線を私へ向ける。



「でも、ただそれだけだから」



それで会話を切り上げようとしたのに、坂下さんに腕を掴まれて引き止められてしまった。



ここは階段の真ん中だから無理に振り払うような危険なことはできなかった。



私は仕方なく足を止めて、また坂下さんと対峙する形になってしまった。



「あんたさ、しばらく教室に来てなかったから知らないんでしょう?」



「え?」



坂下さんの声色が急に変わった。



さっきまでは今にも私を噛み殺してしまいそうな勢いで怒っていたのに、今では粘っこく、絡みつくような声色になっている。



その変化に気がついて、私は背筋がゾクリと寒くなる。



「佳太くんって生徒だと思っているでしょう?」



その言葉に私はまばたきを繰り返す。



確かに私は佳太くんの私服姿しか見たことがなかった。



だけどこの学校にいることは確かだし、年齢もそんなに離れているような雰囲気ではない。



生徒でなければなんだろういうんだろう?



亡霊や七不思議のひとつなんて言われることはないと思うけれど……。



「あの人、教育時実習生なんだよ」



坂下さんの言葉を理解するまで数秒が必要だった。



教育実習生?



それって、大学生ってこと?



「あんたを教室に通わせることで、佳太くんの株が上がる。だから佳太くんはあんたにかまってたんだよ」



坂下さんの表情はわからないのに、ニヤついた笑みを浮かべていることだけは理解できた。



ねばねばとした声色は私の体中にへばりついてきて、なかなか引き剥がすことができない。



「佳太くんはあんたになんて興味がない。あんたで株を上げることに興味があったの。勘違いしないでよね」



坂下さんは最後に吐き捨てるようにそう言うと、私の手を振り払うようして離し、階段を上がっていってしまったのだった。

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