第25話
「今日はキンパの番なんだ」
「あぁ。景子のやつも来るって言ってたんだけど、用事ができたから先に帰った」
「そっか」
ぼんやりと花を見つめる。
昨日よりも元気に咲いている花が増えた気がする。
でもそろそろこの子たちの時期も終わりで、次の植え替えが始まるだろう。
「で? なんで泣きそうな顔してんの?」
キンパに指摘されて初めて涙が目尻に溜まっていることに気がついた。
すぐに指先で拭い、「別に、なんでもない」と首をふる。
「元のクラス、あまりよくないのか?」
キンパは水やり続けながら何気ない様子で聞いてくる。
「ううん、今はもう平気」
雪ちゃんたちがかばってくれるおかげで、机のラクガキとか、足を引っ掛けられるようなこともなくなった。
「それでもそんな顔してるんだ?」
「ん……」
なんとも返事ができなかった。
恋のせいだなんて、とても言えない。
「さ、そろそろ帰るかな」
キンパは水やりを終えて、私へ向けてそう言った。
ここには私とキンパ以外誰もいない。
今日、佳太くんは来なかった――。
☆☆☆
きっと私は嫌われたんだ。
自室に引きこもり、クッションに顔をうずめてボロボロと涙をこぼす。
あんなことを言ってしまったから佳太くんは私のことを幻滅したに違いない。
恋人でもないのに自分だけ優しくされたいだなんて、わがままなことを思ってしまったのがいけないんだ。
流れ出た涙はクッションに吸い込まれていき、薄い水色のクッションが濃い青色に変わっていく。
学校内では彼を見つけることができたためしがないし、もう二度と会うことはできないのかもしれない……。
☆☆☆
私は佳太に恋をしている。
ここまで本気で人を好きになったことなんてないくらいに。
だからもう1度会いたい。
ちゃんと会って、謝りたい。
佳太のおかげでA組で授業を受けることができて、今は友達もたくさんいる。
そのことをちゃんと報告して、お礼も言いたい。
気持ちはどんどん大きく膨らんできて、くる日もくる日も私は佳太を探し続けた。
3年生の教室はもちろんのこと、2年生や1年生の教室もくまなく探した。
それでもやっぱり、佳太を見つけることはできなくて、気がつけば梅雨の時期が始まっていた。
校舎裏には青いアジサイがキレイに咲いていて、霧雨に濡れて輝いている。
今の季節は念入りな水やりは不必要らしく、雨が降った日はこなくていいことになっていた。
それでも私はもしかしたら佳太が来ているんじゃないかと思って、毎日足を運ばずにはいられなかった。
「キレイ」
アジサイを見て呟く。
青くて小さな花の集合体はサファイヤみたいだと、大げさでなく思う。
宝石を身につけなくてもこんなところに宝石と同等に輝くものがあるんだ。
そうしてアジサイを見ていると佳太の姿が浮かんでくるようで、なかなか帰ることができなかったのだった。
☆☆☆
ようやく家に帰った時、時刻は7時を回っていた。
「今日は随分遅かったのね」
玄関まで出迎えてくれたお母さんの声は少し怖い。
花壇から離れられなくなって、お母さんからの連絡でようやく帰ってきたのだ。
「うん、ちょっとね」
曖昧に返事をして視線をそらせる。
あれから霧雨は本降りへと変わっていて、すっかり濡れてしまった。
そんな中ぼーっと突っ立ってアジサイを見ていたものだから、少し頭が痛い。
早くお風呂に入ってあたたまろうと浴室へ向かう途中、体がふらついてお母さんに支えられてしまった。
「ちょっと、熱が出てるじゃない!」
え、熱?
「顔も真っ赤。本当になにしてたのよ」
熱なんて、私――。
そう言おうとしたのに舌がうまく回らない。
急速に上がってきた熱はあっという間に私から体力を奪い取っていく。
そのままお母さんに支えられてベッドに直行することになってしまったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます