第24話

「ごめんなさい。今のは八つ当たりです」



とても小さな声で謝罪する。



どうにか息を吹き返した花たちが、水を滴らせながら心配そうにこちらを見ている。



「でも、佳太くんってすごく人気者なんですよね?」



名前で呼んでみると、彼はビックリしたように息を飲んで私を見た。



その表情はわからないけれど、きっと目を見開いているのだろうと想像できた。



「どうして、名前……」



「クラスの女子が言っていました。佳太くんに近づくなとも」



「そんなこと……だから花壇に来なかったのか?」



その質問には答えなかった。



だけど、答えないことが肯定を意味することになってしまった。



「そんなことを言われたなんて知らなくて、ごめん」



「佳太くんは人気者で、それで誰にでも優しいんですよね?」



私だけじゃない。



私が特別なわけじゃなかった。



手を握ってくれたときのトキメキとか、頭をなでてくれたときのぬくもりを思い出して涙で視界が滲んでいく。



佳太くんが優しいのは悪いことじゃないのに、どうしても攻めてしまう自分が情けなくてうつむくと、目に溜まっていた涙がこぼれ出た。



「……君の言う通りだ」



期待していた言葉ではなかった。



この期に及んでもまだ私は『そんなことはないと』と否定してほしかったのだ。



優しくするのは好きな子に対してだけ。



そんな淡い期待は一気に砕け散った。



「本当にごめんね」



佳太はそう言うと、背を向けて行ってしまったのだった。


☆☆☆


花が枯れた時、私の恋は終わっていたのかもしれない。



ううん。



本当はそれよりもずっと前、出会った頃から可能性なんてなかったのかも。



なにせ私は佳太くんに彼女がいるのかどうかも知らない。



夜になってどうにかして佳太と会話がしたい。



昼間のことを謝りたいと思っても、電話番号すら知らないことを突きつけられた。



私にとって佳太くんは特別な存在だったけれど、佳太くんにとってはそうじゃなかっただけ。



たった、それだけのことだ。



その日なかなか眠りにつくことができなくて、ベッドの中で何度も寝返りを打って、そして少しだけ泣いたのだった。


☆☆☆


もう佳太と話をするためには花壇へ行くしかない。



翌日授業を終えた私はすぐに教室から駆け出した。



後ろから雪ちゃんが「また明日ね」と声をかけてくれたので、手を上げて返事をする。



廊下を走り、階段を駆け下りて、通りかかった先生から「こら、走るな!」と起こられて、それでもブレーキがきかなくて必死で花壇へ足を進めた。



たどり着いた時には息が切れて背中にジットリと汗が滲んでいた。



前髪はベッタリと額に張り付いていて、好きな人に見せられるような状態ではなくなっていた。



それでもそんなことも気にならないくらいに、今私は佳太くんに会いたい。



会ってちゃんと謝りたい。



できれば佳太くんへ感じている、この熱い気持ちだって思いっきり吐き出してしまいたかった。



息を切らして花壇の前で立ち止まると、1人の男の人が水やりをしているところだった。



その人は私の足音に気がついて振り向いた。



「あれ? こんなところでなにしてんの?」



「……キンパ……」



私は肩で呼吸を整えて呟く。



今日水やりをしていたのは花粉症だというキンパだった。



相変わらずの金髪で太陽の光でキラキラと輝き、水しぶきでキンパの周囲まで全部光って見えた。



眩しい光景に思わず目を細める。

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