第19話
目の前がグラリと揺れて倒れそうになったそのときだった。
「やめなよ!」
鈴の音が聞こえてきた。
クラスの張り詰めた空気が弛緩するのがわかった。
「そういうのやめなよ。知奈ちゃんだって悪気があったわけじゃないんだよ」
それは別のクラスメートの声だった。
「な、なによあんたたち」
坂下さんがたじどぐのがわかり、強いめまいが薄れていく。
緊張で忘れていた呼吸を取り戻して、大きく息を吸い込んだ。
「大丈夫だからね知奈ちゃん。ここにいてもいいんだからね」
鈴の音が言う。
私は振り絞った声で「ありがとう」と、伝えたのだった。
☆☆☆
「最近、本当に明るくなったね」
放課後、いつものように彼に今日の出来事を知らせると、彼は嬉しそうにそう言ってくれた。
「えへへ、そうですか?」
照れくさくて手元へ視線を落とす。
今日もとても天気が良くて花壇の土はカラカラに乾燥している。
しっかりと水やりをしてやらないといけない。
「そんな風に自分から表情豊かになれば相手も安心するかもしれないね」
「え……?」
「なんでもない。俺の独り言」
彼はそう言い、晴れ渡った空を見上げたのだった、
☆☆☆
「好きな人でもできた?」
お母さんからの一言は的確についてくるものだった。
晩酌をして赤い顔になっていたお父さんが少しむせて視線をこちらへ向ける。
「な、なんで!?」
動揺してうまく舌が回らなくなって、箸を床に落としてしまう。
あわあわと箸を拾っているとお父さんに「そうなのか?」と聞かれた。
「えっと、それは、えっと……」
こういうときどうすればいいんだろう?
素直に言うべき?
それとも隠して、友達に相談するのが正解?
わからなくて返事ができないでいると、途端にお父さんがさみしげな表情になった。
「そうか。そういう年齢になったんだな」
なんてしみじみ言うものだから「勝手な片思いだから!」と、思わず声を大きくして言ってしまった。
それを聞いたお母さんが目を輝かせる。
「それってどんな人? 素敵な人なんでしょう?」
好奇心一杯のその瞳はまるで子供がオモチャを見つけた時みたいだ。
「もう、お母さんには関係ないでしょう?」
「そんなことないわよ。お母さん、応援しちゃうから!」
お母さんはそう言って、拳を天井へ突き上げたのだった。
☆☆☆
なんだか慌ただしい日が終わった翌日。
この日も私は午前中だけA組で授業を受けるつもりでいた。
昨日クラスメートた味方をしてくれたことで、勇気も湧いてきていた。
きっと私はもう大丈夫だ。
少し失敗をして距離ができても、その距離は互いに埋めていけばいい。
そう、そうすれば病気のことを告白できる日だってくるかもしれないんだから。
その未来を打ち砕くようにA組へ入った途端「昨日みたんだけど」と、声をかけられた。
低くて明らかに怒りを帯びた声、
坂下さんだ。
私は自分の席へ向かう前に仕方なく立ち止まった。
心には少しだけどんよりとした雲が舞い降りてきた。
その雲に負けてしまわないように、私は笑顔で「なに?」と返事をする。
高いトーンで返したことで、坂下さんが軽く舌打ちをした。
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