第17話

☆☆☆


待ちに待った花壇へ向かうとすでにその姿はあった。



手にはホースが握られていて、虹がかかっている。



「ご、ごめんなさい!」



私は慌てて彼に駆け寄ってホースを受け取る。



これは本来私の仕事だ。



彼は偶然ここへ来ただけ。



「気にしなくていいのに」



彼はくすくすと笑う。



「でも私の仕事ですから」



「真面目なんだね」



彼は笑いを止めずに言った。



そう言われるとなんとなく恥ずかしくなって視線を下げた。



花壇にはもう十分水が行き渡っているようで、随分前から彼がここにいることを知らせていた。



私はホースを片付けて彼の隣に立つ。



「今日は早かったんですね」



「やることが早く終わったからね」



「そうなんですね」



やることってなんだろう。



3年生だから部活の引き継ぎ準備とか、受験や就職の準備とか、色々とありそうだ。



「今日は少し晴れやかな顔をしているね」



気がつくと顔を覗き込まれていて私は慌てて数歩後ずさりをした。



恥ずかしさで顔にカッと熱がこもる。



「そ、そうですか?」



「うん。なにか良いことでもあった?」



「そこまでじゃないですけど……でも、少しだけ頑張ってみました」



「へぇ?」



「午前中だけ自分の教室で授業を受けたんです。相変わらずクラスには馴染めていないけれど、でも今日は辛いこともなくて、良かったかなって思えています」



今日1日を振り返ってみるとなんだかいいとこ取りをしてしまったような気さえする。



授業は完璧についていけるし、休憩時間は1人で過ごすか彼のことを探していた。



そして昼になると特別学級へ戻って、みんなと過ごすことができたのだ。



逃げているように見られても仕方ないことかもしれないけれど、今の私にとっては最善策だった。



「そっか。よかったね」



彼が微笑んだのがわかった次の瞬間、右手にぬくもりを感じて一瞬頭の中が真っ白になった。



視線を落とすと、彼の手が私の右手を握りしめていることに気がついた。



「え、あっ!」



とっさに手を振り払ってしまった。



父親以外の男性に手を握られるのは初めての経験だ。



心臓が大きく跳ねてさっき以上に顔が熱くなるのを感じる。



きっと、私は今耳まで真っ赤になってしまっているだろう。



「ごめん、つい」



慌てて手を引っ込める彼に私は大きく横に首を振った。



違う。



嫌だから振り払ったわけじゃなくて、ただビックリしただけだ。



そう伝えたいのにうまく言葉にならない。



こんな風に男性にドキドキしているのも生まれて始めての経験だ。



これはきっと緊張しているからという理由だけではない。



自分の気持ちにとまどいながらも「嬉しかったんです。ありがとうございます」と、どうにか言葉を振り絞った。


勘違いされたままで別れるのは嫌だったから。



彼は頭をかいて「そっか。それならよかった」と、安堵した声を漏らした。



「はい。あの、それじゃまた……」



「あぁ。また明日ね」



彼の言葉を聞いて私は満面の笑みを浮かべたのだった。

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