第16話
先生たちも似たような話をしてくれていいた気がする。
だけど彼の説明はそのどれよりもわかりやすかった。
「だから、君にとって教室が苦痛なら、もう少し逃げていてもいいと思う」
彼の言葉に知らない間に視界が滲んできて、涙が頬を伝い落ちていた。
それは下の芝桜にポタリとくっついてしまう。
「キレイだね。君の涙はまるで宝石みたいだ」
彼はそう言って笑った。
宝石。
私もそう思っていた。
花につく水滴は宝石のようで美しい。
私の涙もそんな風に美しいのだろうか。
そう思うと涙は止まらなくなってしまった。
次から次へと溢れ出してきて目の奥はジンジンと痛む。
それでいて心はすごく軽くなっていることに気がついた。
彼は私が泣き止むまで、ずっと隣にいてくれたのだった。
☆☆☆
翌日、私は午前中だけA組のクラスで勉強することにした。
無理をしなくてもいい。
だけど少しだったら頑張れるかもしれない。
昨日の彼の言葉を思い出して、自分で決めたことだった。
A組の教室へ入ると静まり返ったあと再びあの嘲笑が聞こえてきた。
その途端心臓が早鐘を打ち始めて全身が熱くなる。
早足で自分の机へ向かうと、今度はスッと体温が低くなっていくのを感じた。
昨日と同じようなラクガキがされているが、今日はそれが少し増えているようだ。
3人以外の筆跡もある。
誰かがあの3人に便乗したことがわかった。
私は下唇を噛み締めて雑巾で机を拭いていく。
ラクガキはすぐに消すことができたけれど、心の傷は簡単には消えない。
私は大きく息を吸い込んで目を閉じた。
花壇の様子を思い浮かべてみる。
水に濡れる花々。
天へと伸びている急ぎ良さ。
まっすぐに咲き誇る気高さ。
私よりもずっと小さな花たちは私よりもずっと強い生き物のようのだった。
大丈夫。
無理なら教室から出ればいいだけだ。
自分にそう言い聞かせると心は落ち着いていき、ようやくいつもの自分に戻ることができたのだった。
☆☆☆
休憩時間になるとどんなことをされるかわらかないから、私はその時間だけ1人トイレにこもることになった。
幸い誰もそのことに気がついていないようで、上から水をかけられるとか、そういう陰湿なことは起こらなかった。
授業内容は誰よりも私が一番理解していて、なにを当てられても答えることができた。
それを見たクラスメートたちは感心したような声をあげつつも、どこか遠慮している様子も伺えた。
きっと坂下さんたちのことを気にしているのだろう。
坂下さんたち3人は私が答えるたびにヤジを飛ばしてきていた。
「知奈ちゃん!」
昼休憩に入って特別学級へ向かうと、景子ちゃんがすぐに駆け寄って来てくれた。
「もうこっちには来ないのかと思ってた」
景子ちゃんはそう言って私の腕をぎゅっと掴む。
声の調子で不安そうにしていることがわかったので、私は微笑む。
「そんなことないよ。私にはまだまだこのクラスが必要だから。ただ、ちょっと用事があって向こうに行っていただけ」
そう説明すると景子ちゃんの雰囲気が和らいだ。
安心してくれたみたいだ。
今日も午前中に少しだけ彼のことを調べてみたけれど、やっぱり見つけることができなかった。
もう本人に直接聞いてしまおうかとも考え始めている。
午後からは特別学級でみんなと一緒に授業を受けて、あっという間に放課後になっていた。
「知奈!」
教室から出ようとした時にキンパに声をかけられてふりむいた。
「なに?」
「お前ずっと花壇係りじゃん。俺そろそろ代わろうか」
キンパは自分が花が嫌いだと言ったから、私がしばらく花壇係りを引き受けたと思っているようだ。
私は左右に首を振った。
あの場所へ行かないと彼に会うことはできないのだ。
申し訳ないけれど、まだもう少し花壇係りを譲るわけにはいかなかった。
「ううん、大丈夫だよ。キンパは花粉症なんだから無理しないで」
「そうか? 本当に1人で大丈夫なのか?」
キンパは腕組みをして聞いてくる。
眉間にシワを寄せている顔を想像して少し笑った。
「大丈夫大丈夫。じゃあねキンパ、また明日」
私はそう言い、手をふって教室を出たのだった。
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