第11話

そうしてもう1度男子を見ると背が高くて大人っぽい雰囲気であることがわかった。



私服だから余計かもしれないが、もしかしたら3年生の先輩なのかもしれない。



だとしたらさっき失礼な言い方をしてしまった。



「あの、ごめんなさい」



「え、なにが?」



「さっき、敬語を使わなくて……。えっと、私1年A組です。年上ですよね?」



その質問に男子生徒はしばらく黙り込んで、それから「そうだよ」と、頷いた。



やっぱりそうだったんだ。



どうりで仕草も雰囲気も大人っぽいわけだ。



「それよりさ、梅雨の時期になるとここはあじさいがキレイなんだよ」



「あじさいがあるんですか?」



「あぁ、こっち」



花壇から少し離れた場所に案内されると、そこには腰ほどの高さの木が生え揃っていた。



「これがあじさいの木」



「へぇ、そうなんですね!」



今は花をつけていないからなんの木かよくわからないけれど、6月になると手毬のような花をつけるのだ。



それが何色になるかは、この学校の土次第。



そう考えると心がワクワクしてくる。


「夏になるとミニひまわりなんかも植えるんだ。きっときれいな花壇になるよ」



「あの、花壇についてすごく詳しいんですね」



「あぁ。一応教えられたからね」



「へぇ、そうなんですか!」



一体誰に教えられたんだろうと思ったが、きっと先生に違いない。



この人は特別学級の人ではなさそうだけれど、花壇係なのだ。



「俺、そろそろ行くよ。まだ用事が残ってるんだ」



「はい。じゃあ――」



そこまで行って口を閉じる。



初めて逢った相手を別れる時はどう言えばいいんだろう?



『またね』だと、次を期待しているように感じるかもしれないし『さようなら』はなんだか突き放しているように聞こえないかな?



どう言えば正解かわからなくて戸惑っていると、ふっと笑うように息を吐き出された。



「それじゃ、また明日ね」



彼はそう言うと、手を振って私に背を向けた。



『明日ね』



それはまた明日ここで会おうという意味だ。



「また、明日……」



すでに私しかいなくなった花壇の前で、ポツリと呟いたのだった。


☆☆☆


どうしてこんなにあの人のことが気になるんだろう?



名前も知らない、今日始めて会ったばかりの人なのに。



家に戻ってからも私の頭の中には私服姿の男子がいて、楽しい会話を思い出して自然と頬が緩んでしまう。



これほど彼のことが印象的だったのは、きっとみんなと同じ制服を着ていなかったからだと思う。



私服でいるだけで水分と印象に残るものだ。



「さっきからニヤニヤして一体どうしたの?」



キッチンでお母さんの手伝いをしていると、気味の悪いものでも見るような視線を向けられた。



「べ、別になんでもないよ」



慌ててそう答えてボウルの中のふかし芋をポテトサラダにうるべく、すりつぶしていく。



「今日は帰ってきてからずっとニヤケてるじゃないの」



「ニヤケてなんか……」



頬に触れてみるとたしかに口角が上がっているようだ。



意識的に口角を下げてみるものの、自然と上がっていくのが感じられる。



これじゃ気持ち悪く思われても仕方ないか。



「今日は初めての特別学級だったものね。なにか良いことでもあった?」



「う~ん、特別学級で花壇係になった」



「花壇係?」



以外な返答だったようでお母さんは首をかしげる。


「うん。ほら、普通のクラスでもあるでしょ委員とか、係。あれがね、特別学級にもあるの」



「あらそうなの。それで花壇係はどうだったの?」



「いろいろな花が咲いてたよ。チューリップに芝桜に。梅雨時期になるとあじさいも咲くんだって!」



花壇のことを思い出すと自然に彼のことも思い出して、声のトーンが高くなっていく。



「そうなの。それで、その係で楽しいことがあったのね?」



目ざとく気がついたお母さんに私ははたと我に返って口を閉じた。



危ない危ない。



この調子で全部しゃべらされるところだった。



「花がとてもキレイだったって話だよ」



私はすぐに誤魔化して、ポテトサラダ作りに専念したのだった。

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