第12話
☆☆☆
翌日、ホームルームが終わったあと私は大田先生と呼び止めた。
「どうした?」
大田先生は相変わらず腰を落として話をしてくれる。
「私服姿の生徒?」
「はい。昨日花壇で見かけたんです」
大田先生は首をかしげて、う~んと唸り声を上げる。
「ちょっとわからないな。私服姿で登校してくる生徒はもちろんいないし、放課後になって着替えるような生徒がいたっけな?」
頭をかいて考えても出てこないようだ。
1人だけ私服で下校していれば目立つはずなのに。
もしかしたら先生にバレないようにこそこそと帰っているのかもしれない。
その様子を想像して少しおかしくなって笑ってしまった。
こそこそ帰るくらいなら学校内では着替えなければいいのにと思う。
たとえば駅のトイレとか、公園とか、色々と場所はあると思う。
それでも学校で着替えないといけない理由ってなんだろう?
彼のことが余計に不思議になり、興味を惹かれる。
昨日の放課後彼は『また明日ね』と言ってくれた。
「先生、私今日も花壇の水やりに行きますね」
突然話題を変えて宣言した私に先生は目を白黒させていたが、私はそれに気が付かず、鼻歌まじりに自分の席へと戻ったのだった。
☆☆☆
「知奈ちゃん、今日はすごく機嫌がいいね」
昼休憩中、机をくっつけてお弁当広げていたところ、景子ちゃんにそう言われて私はむせてしまいそうになった。
昨日お母さんに似たようなことを言われたばかりで、ニヤけてしまわないように気をつけていたのに、全部顔に出てしまっていたみたいだ。
「そ、そうかな?」
「そう。昨日よりもずっと」
「き、昨日は初めてこの教室で勉強したから緊張したんだよ」
嘘じゃなかったけれど、うまくごまかせたと思う。
景子ちゃんも昨日は緊張していたみたいで、今日はすごく自然な話し方をしている。
「そっか」
景子ちゃんも納得したようで、それ以上深い追求はしてこなくてホッと胸をなでおろす。
「知奈ー! お前今日も花壇係?」
その声はキンパだ。
私は振り向いて頷く。
「なんでだよ。花壇係はローテーションだろ?」
そう。
花壇係は毎日同じ生徒がするのではなく、特別学級の生徒が日替わりで行うのだ。
それを私は今朝先生に無理を言って自分の番にしてもらったのだ。
正しい順番で行けば今日はキンパの番だった。
「まぁ俺はいいんだけどさ。水やりとかめんどくさいし」
頭の後ろに両手を回して鼻歌まじりに言う。
「キンパは花が嫌いなんだよ」
景子ちゃんが横から教えてくれた。
「え、なんで?」
「俺花粉症なんだよ」
キンパはそう言うと大げさに鼻をすすり上げてみせた。
花粉症なら花が嫌いでも仕方がない。
でもあんなにキレイなものを愛でることができないなんて、ちょっと残念な気もする。
「私花大好きなの。本当なら明日も明後日も、ずーっと世話をしていたいくらいだよ」
少し大げさにそういうと、景子ちゃんが「それなら先生にそう伝えてみたらどう?」と言ってきた。
「え? でも、私のわがままだし」
今日も花壇係りをやれるだけで感謝しなきゃいけない。
「そんなの関係ねぇよ。ちょっと俺聞いてみる」
キンパは止める暇もなく、1人で教室を出ていってしまったのだった。
☆☆☆
天気のいい日の水やりは心地いい。
シャワーのように舞い散る水の中に虹が出現して、それが花に降り注いでいるように見える。
「来てくれたんだね」
その声に心臓が大きく1回跳ねた。
振り返るとそこには私服姿の男子が立っている。
それにこの声、間違いなく昨日の彼だ。
「約束したので」
私は恥ずかしさのためとても小さな声でしか返事ができなかった。
自分だけこんなに相手のことを意識してしまってなんだかバカみたいだとも感じる。
それでも昨日始めて出会ったときから彼のことが頭の中から離れなくなっていたことは、紛れもない事実だ。
「ねぇ、どうして私服なんですか?」
昨日聞くことができなかった質問をする。
本当はもっと、相手の学年とか名前を先に聞くべきなのかもしれないが、昨日聞きそびれたそれは、聞かなくても必要のないことのように感じられていた。
聞いてしまうと、自分と彼との距離を感じると言うか。
「制服の下に来てきているんだ。そのまま出かけられるようにね」
「やっぱり、そんなことだろうと思ってました」
私は笑って答えた。
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