第9話
正直、特別学級での授業は本当に進んでいて追いつくだけで必死だった。
だけど隣の景子ちゃんはわからないところがあれば丁寧に教えてくれるし、みんなそれを待っていてくれる。
私がみんなの授業を中断させてしまっているという罪悪感はあったが、どうにかそれで追いつくことができそうだった。
「特別学級っていうより、特別進学クラスみたい」
1人化学室へ向かいながらポツリとつぶやく。
だけど進学クラスは別にあるから、やっぱりあのクラスには病気で馴染めない子たちが集まっているのだ。
そうこう考えているうちに化学室の前までやってきて、私は足を止めた。
中からはすでに生徒たちの声が聞こえてきて、心臓が早鐘を打ち始める。
みんな先生から事情は聞いているはずだ。
なんて言うだろうか?
それとも、私のことなんて無視するかもしれない。
そうだ、きっとそっちだ。
A組にいた時は存在感だってなかったし、私ができることと言えば人を不愉快にさせるくらいなことだったし。
思い出して暗い気持ちになりながらも、私は化学室の戸を開いた。
その瞬間教室中が静かになる。
居心地の悪さを感じながら自分の席へと向かう。
「あんた、特別学級にいるんだって」
6人用の机に向かっている最中、そう声をかけられた。
これは坂下さんだ。
後ろには上地さんもいるみたいだ。
私は言葉につまり、その場に立ち止まってしまった。
「それってどうして? バカだから?」
上地さんが大きな声でそう言うと、教室内がどっと湧いた。
私はうつむいて下唇をかむ。
でも、それでは今までとなにも変わらない。
いけないと思いすぐに顔を上げた。
そして2人へ向けて微笑み返す。
2人は少したじろいだのか後ずさりをした。
「見ててイライラするんだよお前! 全然人のこと覚えないし!」
上地さんは怒鳴るように言うと、私の肩を押した。
私は体のバランスを崩し、化学の教科書やノートと落としてしまった。
バサバサと音を立てて床に散乱し、それを2人で踏みつけにされる。
まだ白かったノートのページはみるみる2人の足跡で汚れていく。
「ヤバイ、先生来るよ」
廊下側の窓際に座っている女子生徒が声を飛ばす。
「もうこっちに戻って来るなよ」
坂下さんはそう言い残して、私から離れていったのだった。
☆☆☆
あんなことをされたばかりだから、化学の授業は正直あまり頭に入らなかった。
景子ちゃんが隣にいれば教えてもらえるかもしれないのにと内心考えてしまう。
先生もついていけていない生徒がいることに気がついていないのか、どんどん先にすすめてしまい、私は結局ノートをとるだけであっと今に1時間が終わってしまっていた。
少しのわだかまりが心の中にあるが、これで今日はもうA組に着て授業をする必要はなくなるのだ。
そう思うと晴れやかな気分になっている自分がいた。
そんな自分はやっぱり普通の教室にはあわかなかったのだとわかり、落ち込んでしまいそうになる。
とぼとぼと化学室を出て特別学級へ向かっていると、不意に足を引っ掛けられて転倒していた。
教科書やノートは廊下に散らばり、とっさに伸ばして両手がジンジンとしびれている。
「ダッセー」
遠慮のない笑い声が聞こえてきて顔を上げると、そこにはクラスメートの男子が立っていた。
坂下さんと同じ金髪で派手な男子だから、覚えている。
この人は秋山涼平(アキヤマ リョウヘイ)だ。
よく坂下さんたち3人と一緒にいるから、どちらかと付き合っているのだと思う。
秋山くんは右足を前に突き出していて、私は転ばされたのだと気がついた。
「ちょっと」
思わず文句が口をついて出そうになったが、次の瞬間廊下にいた生徒たちにまで笑いの渦が伝染していた。
みんなが私を見て笑っている。
私を見て、手を差し出す生徒は1人もいない。
途端に胸の中に刃を突き立てられたようなひどい痛みを感じた。
少し遅れて羞恥心で自分の顔が熱くなっていくのを感じる。
私はグッと唇を噛み締めて教科書とノートを拾い集めると、逃げるようにその場を後にしたのだった。
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